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おっさん、青春 第3章 第11話 〜再生〜


山は、かすかな息しかしていなかった。


だが――

完全に死んではいなかった。


それが、唯一の救いだった。


「……ここだな」


俺は、足元の地面を見た。


乾ききった土。

細かく砕け、踏めば崩れる。


水が通らなくなった土だ。


「風の道が途切れた地点、特定しました」


佐伯のホログラムが、淡く揺れる。


「過去の地形データと照合。

 この尾根と谷の間に、連続した“低圧流路”が存在していました」


「つまり……昔は、ここを風が抜けてた?」


「はい。

 正確には“風が通ることで水が集まり、森が循環していた”」


白丸が、前足で地面を軽く掻いた。


『ここは、人間が切った場所だ』


「……林道、か」


重機が入るために切られた道。

便利さと引き換えに、

流れを断ち切った場所。


あおばが、低空で旋回する。


『上から見える。

 道は一本じゃない』


「……分かってる」


切ったのは、一箇所じゃない。


風の道は、

何度も、何度も寸断されている。



「全部、元に戻すのは無理だ」


俺は、はっきり言った。


白丸が、じっと俺を見る。


『逃げるのか』


「違う」


拳を握る。


「“全部”を戻す必要はない」


佐伯が、即座に反応する。


「……部分的回復。

 連続性を確保すれば、流体は自律的に再構築されます」


「要は――」


俺は山を見渡す。


「風が“思い出せる道”を作る」


白丸の尻尾が、わずかに揺れた。


あおばが、一声鳴く。


肯定だ。



最初にやったのは、壊すことだった。


倒木を除ける。

土を崩す。人が作った段差を、なだらかにする。


汗が出る。息が切れる。


「……市役所職員の仕事じゃないな、これ」


佐伯が淡々と言う。


「本来は“百年単位の自然回復プロジェクト”です」


「だよな」


白丸が、木の根元に立ち、動かない。


『そこだ』


「……ここ?」


『風が、最後に止まった場所』


俺は、その場にしゃがみ込んだ。


乾いた地面に、

わずかに、黒ずんだ跡。


水の名残。


「……佐伯」


「はい」


「俺の体内ナノ、使えるか」


一瞬、間があった。


「……理論上は。

 ただし――」


「制御不能?」


「ええ。

 ですが、“環境同調”は可能です」


「ならいい」


俺は、深く息を吸った。


太陽が、ちょうど雲の切れ間から差し込む。


「……来いよ、風、そして光」


声に出した。

風は、答えなかった。太陽は強く差し込んできた。


俺の体が、熱を持つ。


身体の奥で、何かが、共鳴した。


白丸が、目を細める。

『……始まったな』


佐伯の声が、わずかに震えた。

「ナノマシン、環境光を大量摂取。

 水分子、地表から微量反応――」


地面が、わずかに湿る。


ほんの一筋。

雨じゃない。

湧水でもない。


風が、水を呼んだ。


あおばが、高く舞い上がる。


『流れた』


俺は、膝に手をついた。


「……風の道は」


佐伯が続ける。

「完全ではありません。

 ですが――」


「“再生を始めました”」


葉が、揺れた。

一本。

二本。

三本。


音は、まだ小さい。

だが確かに――

風だった。


白丸が、静かに言った。

『山は、覚えている』

『一度通った道は、忘れない』


俺は、真っすぐ立ち上がった。

「……一日じゃ終わらないな」


『終わらせる必要はない』

白丸は、俺を見上げる。

『繋げばいい』


あおばが、山の奥へ飛ぶ。

『次の切れ目がある』


俺は、うなずいた。

「行こう」


佐伯が言う。

「吉田さん。

 これはもう“作業”ではありません」


「分かってる」


「……再生です」


俺は、山を見た。


まだ、静かだ。

でも――

確かに、息をし始めていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

年末は、お休みいただきます。

年始は、1日に正月風景

第4章 第1話は、1月8日にお届けするようにいたします。

期待しないで、待っていてくださいませ。

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