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おっさん、青春はじめます。 第4話 ~本屋~

友達に呼ばれて町に出かけた。

だが、待ち合わせ時間より少し早く着いてしまう。


仕方なくLINEを送ると、返事がきた。


――ミニが前にある店でコーヒーでも飲んで待ってて。


「ミニクーパーがある店……?」


探してみると、確かにミニはある。

けれど目に入った看板には、小さく「本屋」の文字。


……ここでコーヒー飲めるのか?


半信半疑で中に入ると、

カウンターの奥に、小柄で笑顔の優しいマスターが立っていた。


「いらっしゃい」

「あの、志賀さんからここで待っていろって……」

「志賀さん?……あの志賀さん?」


どうやら顔なじみらしい。


マスターに

「ちょっと危なそうな人だよね」と言ったら、笑った。


店の真ん中には大きなテーブル。

本屋と喫茶を兼ねた、不思議な店だ。


メニューを見れば、なんとビールまである。

もちろん注文。

やっぱりおじさんはビールが好きなのだ。


棚には雑誌や文庫本が並び、落ち着く雰囲気。

だが、視線を横にずらすと

――おもちゃや写真。

そして外には「カブトムシ・クワガタ販売中!」の桃太郎旗が風に揺れている。


……やっぱり本屋じゃないな。


その旗につられるように、ひとりの男が入ってきた。


ガタイがよく、短く刈った髪。

日焼けした腕にはタトゥー。


第一印象は「ちょっとヤバそうな兄ちゃん」だ。


「マスター、本屋なのにクワガタ売ってるんすか?」

「ええ、子どもが買いにきますよ」


二人は昆虫の話で盛り上がる。

どうやら兄ちゃんも好きらしい。


俺も思わず口を出してしまった。

「ミヤマクワガタ、かっこいいよな。若い頃、この辺で捕まえたんだ」


「……へえ、子供の頃?」


しまった!

今の俺の見た目は20代。若い頃なんて無い!


一瞬、兄ちゃんの眉がピクリと動く。


「子供会で連れてきてもらったときに、捕まえた記憶ですよ」

慌てて笑って誤魔化す。


兄ちゃんは棚を眺めていたが、やがて笑顔になった。

「へえ……ビールもあるんですね。本屋なのに」


その言葉に呼応するように、俺は言う。

「よければご一緒にどうですか?」


こうして、大きなテーブルで並んでビールを傾けた。


見た目はコワモテ。

だが中身は意外とヤサシイ。


……なんだか、俺と同じだな。


「いい身体してるよねー。良ければ副業しない?」


 ビールを注いでくれた兄ちゃんが、

唐突に俺とマスターに話を振ってきた。


 本屋の売り上げはそこまで良くないから、マスターもたまに副業をしているらしい。


「俺の仕事、給料もいいし、同僚も面白いんだよ」

「へえ、何やってるんです?」

「港で働いてんだ。体力勝負だけど、慣れれば悪くない。今、人手不足でさ。バイトでも副業でも大歓迎だし、要領いい人ならすぐ一人前扱い。給料も悪くない」


 俺はグラスを傾けながら

――これだ!と思った。

 若い身体を持て余していた俺にとって、金がもらえて身体も鍛えられる。願ってもない話じゃないか。


 連絡先を聞けば、なんと家から近い。


 そこへ待ち合わせの志賀ちゃんがやっと到着した。三つ年上で、ブルドーザーみたいに豪快な働き方をするが、反面教師としてもありがたい存在だ。


「お前、めちゃくちゃ若いやん! どうした?……まあいいか。実はな――」

 志賀ちゃんも、すぐに俺の見た目の変化に驚いたが、深く突っ込まずに話しを続けた。


 さっきの兄ちゃんから名刺ももらい、仕事のメドが立ったことで気がよくなり、結局遅くまで飲んでしまった。


 名刺は会社名と電話番号だけの簡素なもの。けれど俺の胸は妙に高鳴っていた。


 外見は20代、中身は65歳――そのズレが、ふと滑稽に思える。

だが、折角の身体だ。使わない手はない。金も稼げるし、動けるうちに動こう。


 数日後。名刺の会社を訪ねると、兄ちゃんと同僚らしい若者たちが屈強な体を動かしていた。

空気は潮の匂いで満ち、積み上がるパレットが汗と筋肉を呼び覚ます。


 ――見た目で判断される世界。

 だがここでは年齢は関係ない。


 重い荷を持ち上げるのを見ながら、俺は無意識に笑っていた。

若い筋肉が喜んでいるような気がしたのだ。


…志賀ちゃんと会った日の帰り、飲みすぎて駅を乗り過ごしたのは、誰にも言ってない。

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