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おっさん、青春 第3章 第9話 〜風の道〜


風の神社を出て、

山へ向かう坂道を歩く。


まだ朝のはずなのに空は暗く、

風が吹くのに“重さ”がない。

軽やかな風でもなく、重々しいという感じでもない。


白丸が歩きながら言う。


『……風神の呼吸が薄い。

 時間がないぞ、吉田』


「わかってる。でも……

 俺、ただの市役所職員だからな。

 風の道の“復元”って、どうすれば……」


あおばが高い枝から降りてきて、

鋭い声で言った。


『人間の道は、人間の地図を見ればいい。

 だが、風の道は“音”で見るものだ』


「音?」


あおば

『風は歌う。谷は低く、尾根は高く。

 川は響いて、森は吸う。

 その“音の地図”を読めるのは――

           お前だけだ』


白丸が、俺を振り返る。

『吉田。

 風神が選んだ理由を忘れるな。

 半分、人。

 半分、自然。

 お前には“聴こえる”』


歩いていくと、

木々のざわめきが変わった。


ザァァ……


ザ……ザァ……


ザ……


(音が……途切れてる?)


佐伯ホログラムが現れる。

「吉田さん。

 このエリア、風速0.2

 本来は3.5mある地域です」


「風……止まってるのか?」


「正確には、流れが“塞がれている”状態です」


あおばが飛びたち、上空を旋回した。




『……見えた。

 谷の入口に、“なにか”ある』


白丸

『吉田。急ぐぞ』


山をさらに登ると、

急に何も感じない、風の当たらない場所に入った。


耳、鼻が、なんだか詰まるような感覚。

胸が苦しくなる。


(ここ……風の“死んでる場所”だ)


白丸が小さく呟く。

『風神の息が……この場所で途切れている』


佐伯が即座にデータを出す。

「太陽光パネルの防壁、高さ4メートルの暴風壁、

 谷から吹き上がる風を完全に遮断しています」


「でも……これ、人間の生活のために作ったんだろ?

 …全部悪いってわけじゃ……」


言い終える前に、

風の“声”がかすかに刺さった。


《……タ…ス…ケ……》


《……ク…ル…シ……》


《……ミ……チ……ヲ……カ……エ…テ ク 》


「……風神だ」


白丸の瞳が細くなる。

『吉田。聞こえるな』


「聞こえる。

 ここが……“風の道”だった」


あおばが地面に降り立ち、

低い声で言う。


『人間の造った壁を壊せとは言わない。

 だが――風がわずかでも通れる“隙間”が必要だ』


白丸

『風はほんの少し道があれば止まらない。

 流れて、巡って、街にも山にもその声と水を運ぶ。』


「……人間と自然の両方を守るルートを……作る……か」


佐伯

「吉田さん。あなたならできます。

 役所の職員権限と、自然の声が聞こえる能力。

 両方を持っているのは、あなた一人です」


そのときだった。


背後で、何かがパキンと割れた。


振り向くと――

砂利で造られた暴風壁の一部が、

地震でもないのに崩れ落ちた。


土砂利が流れて骨材がむき出しになる。


白丸が低く唸った。

『風神の“最期の力”だ。

 本当に風が死ねば、息ができなくなり、

 風神の抑えている崩壊が、街全体に広がる』


あおば

『間に合わないぞ、吉田』


胸の中に、

幸子の声がふっと蘇る。


《……ヒカリ……と……ミズ……が……

   あなた……を……選んだ……》


白丸が俺の足に前足を置き、

『吉田。

 お前の中の“自然の部分”が泣いている。

 聞こえるだろう?』


「ああ……

 風が……苦しんでるのがわかる……」


あおば

『なら決めろ。

 人間としてなのか、

 自然の仲間としてなのか――

 “吉田”として、どうするか』


深呼吸すると、胸の奥の葉脈みたいな何かが、

じわりと熱を帯びた。


「……俺はやる。

 風神の道を取り戻す。

 人間の生活も守る。

 その両方を、俺がやる」


白丸が満足げに頷く。

『言ったな、使い魔』


あおばが空をひとまわりしながら言う。

『では吉田。

 これより――

 “風の道の復元”を開始する』


佐伯

「第一段階。

 風の“音”の地図作りです。

 吉田さん、感覚を開いてください」


風が、わずかに揺れた。


《……ヨ……シ……ダ……》


《……タダ……ヒトノ……ミチ……デハ……アカン……》


《……フウ……ノ……ミチ……モ……ツクレ……》


俺は目を閉じた。


風の声。

森の震え。

谷の響き。

白丸の気配。

あおばの羽ばたき。

そして――幸子の残響。


全部が一つの線になり、

空へと伸びていく。


「……見えた。

 “風の通るべき道”が」


白丸が小さく口角をあげる。


『では行くぞ、吉田。

 ここから先は――

 “お前にしかできない仕事”だ』


山の風が、確かに生き返り始めていた。


風神の“最期の時間”が迫る中で。

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