おっさん、青春 第3章 第4話 ~線状降水帯~
「熊」事件の翌日。
周りが妙に湿っぽい感じ
いや、湿っぽいというより――
空気がイライラしてる。
なんだか、最近は天気の感情まで分かってきている。笑
(天気が機嫌悪いってなんやねん……)
佐伯が俺の横にホログラムで出現する。
「吉田さん、本日のあなたの“体内水分指数”は高めです」
「知らん指標だし! どんどん増やすな!!」
「あなたが水分を多く含むほど、
周辺の“雨雲”が活性化する可能性があります」
「俺、雨雲の栄養ドリンクか何か!?」
「あ、台風くるの??また俺のとこだけの台風・・・なんだっけ、タツオ!?」
佐伯は淡々と言う。
「いえ、違うと思います。」
「あなたは“光合成できる身体”なので、蒸散量が――」
「いちいち、うるさいわ!!」
⸻
遠くで低い音がした。
ゴゴゴゴゴ……
……ズズズズズ……
(なに、…地鳴り?)
次の瞬間、
ドパァァァァァァ!!
空が割れた。
ほんとに“裂け目”が走ったように見えた。
巨大な黒い帯が、空を横断していく。
佐伯が顔色を失う(ホログラムだけど)。
「吉田さん……“来ます”」
「来るって何が!? 人!?地震!? 保険の勧誘!?」
「“線状降水帯”です」
「なに!?!?」
⸻
雷鳴が走り、
巨大な雲の帯が、
生き物みたいにぐにゃりと俺の頭上へ集まった。
《……おい……吉田……聞こえるか……》
低い声が降りかかる。
「……雨じゃなくて声!!?」
まただ、台風の時と同じだ・・・
《昨日の熊が言ってた件、知っとるか?……
自然界揺れとるんじゃ……》
声が怒気を帯びる。
《せやのにな……
人間、川にゴミ流しとるやんけ!!!》
「俺ちゃう!! 俺個人ちゃう!!」
つられて俺も関西弁になる。
《おまえ!! “人間代表”やろ!!》
「勝手に代表にするな!!」
⸻
雲の帯がドロォ……と寄ってくる。
《ワシ、線状降水帯、あだ名は“しげお”。》
「しげお!? もっと気象用語っぽい名前無いん!?」
《ワシに名前つけたん台風のタツオや!!
ワシら気象兄弟は名前つけ合う文化あるんや!!》
(めちゃくちゃやん……)
⸻
しげおが吠える。
《ワシらな……
本気で降らせたないねん、雨なんか。
でも人間が“熱の通り道”ぐちゃぐちゃにするから
ワシの体、動かれへんようになるんや!!》
俺
「え……動かれへん?」
《せや。
道路とビルで熱こもる。
川の流れ変わる。
森は減る。
そしたらワシら“雲”、逃げられへん。
積もるだけ積もって……
最後は“列で豪雨”や》
それは――
ニュースで何度も見てきた現実と一致していた。
(……本当に“自然界からの悲鳴”じゃないか……)
⸻
《吉田ァ! お前、聞いとるんやろ!!》
「聞いてるけど!!
俺に解決できる規模じゃないぞ、これ!!」
《お前しかおらん》
「なんでやねん!!」
《お前、半分植物みたいなもんやろ》
「........」
《自然はワシらの親戚や!!
つまりお前、ワシの“イトコ”みたいなもんや!!》
「親戚?いとこ? おかしすぎる!!」
⸻
雲が小さく震え、声が和らぐ。
《……なぁ吉田……
ワシら、誰も悪者になりたないねん……
ほんまはただ、“降りたいとこ”に降りたいだけや……》
「……しげお」
《せやけどな……
熱も、風の道も、森も……
全部、人間がバラバラにしたんや。
もう、どうにもならん》
雲が、涙みたいに細い雨を落とした。
佐伯が静かに言う。
「吉田さん。
線状降水帯を“意思”として認識できる人間は……
あなたしかいません」
「俺の人生、どこへ向かってるんだか……」
⸻
しげお
《吉田。
お前、人間にも自然にも近い。
ワシらの声、伝えてくれへんか》
(また依頼か……熊の次は雨雲か……
本当に俺、自然界の苦情窓口みたいだな……)
《ワシ、もう怒りたくない。
ただ、楽に空を流れたいだけなんや……》
ぽつ、ぽつ、ぽつ……
優しく、痛々しい雨。
「……わかった。
全部できるかわからんけど……
話は聞く。伝える努力はする」
最後は心の中で、
「知らんケド・・・。」
しげおはふっと光り、
《……ありがとな、イトコ……》
「そのイトコやめろー!」
《まぁ頑張れや〜。ほなまた流れるわ〜》
そして線状降水帯・しげおは、
ふわりと空から離れ、ゆっくり消えていった。
⸻
佐伯
「吉田さん。
あなたの“自然界ミッション”が、またひとつ増えましたね」
「なんでもかんでも来るな~
俺、自然の総合窓口みたいだな~」
風がそっと吹き、
空はしばらく優しく降った。
――自然災害の裏に“意志”がある世界で、
俺はまたひとつ、背負うものを増やしてしまった。




