おっさん、青春 第3章 第2話 〜台風からのクレーム〜
朝、突然どす黒い雲に覆われた。
ただの雨雲じゃない。
なんか……
明らかに“上から見下してる顔” が浮かんでいる。
(眉間シワ寄ってるし……絶対怒ってるやつやん……)
そのとき、俺のスマホが震えた。
画面を見ると――
《気象ナノ:台風13号(仮名:タツオ)接近中》
《※タツオ:現在、機嫌極めて悪い》
《理由:人間の“くしゃみ”がうるさい》
「……なんでくしゃみで台風が怒んの?」
佐伯がホログラムで現れる。
「吉田さん。
昨日あなたが外で“へっくしょい!”とくしゃみした時、
音圧で風系ナノが乱れました」
「俺のくしゃみ、そんな強い!?」
「たぶん、あなたの再生身体の“肺の出力異常”のせいです」
「なんだか俺が機械みたいな説明だな!!」
⸻
市庁舎に着く頃には、
風速10メートルを超えて、歩くのもままならない風
そして
役所の防災安全課の職員も外に出て風雨を確かめていた。
突然発生した台風?に対処するため市民を早めに非難させるか、
家から出ないようにするか、考えあぐねている様子。
そのうち、雲が完全に“顔”になっていた。
眉にシワ、目つき悪い、口はへの字。
(怒りゲージ100%……)
ゴロゴロゴロゴロ……
《おいィィィィ!お前!昨日のくしゃみどうにかせぇやぁ!!》
「しゃべった!?
…てか俺?俺? 怒鳴られた!!」
《こっちは風ぶっ飛んだんじゃコラァ!!》
「知らんわ!?」
《くしゃみの管理くらいきちんとせぇ!!》
「くしゃみの管理って何!!?」
と思った瞬間
風がもっと強まり、25メートル!
街路樹がバッサバッサ揺れる。
空の彼方に飛んできそー
バイキンマンが、
「バイバイキーン」
って飛んで行くように 笑
『来たぞ』『タツオ本気や』『ビュービューいってる!』
桜まで怯えているのに、
頭上の雲はひときわ大きな声で吠えた。
《吉田ァ!!!》
「はいっ!(条件反射)」
《昨日の“へっくしょい”……
あれ100デシベルやぞ! 騒音や!!》
「俺のくしゃみ、なんで数値化!?」
佐伯が冷静に分析する。
「吉田さん、自然ナノの“情緒安定機能”が暴走しています」
「自然が情緒不安定ってもう終わりやろ!!」
「自然は元々メンタル弱いです。
台風なんてほぼ“感情の暴発”ですし」
「納得できるようで……できん!!」
⸻
突風が吹き荒れる。
シャツがまくれ、ズボンもバサバサ。
「ズボン脱げるし、パンツ見えるからやめて!!」
佐伯が耳元でささやく。
「タツオを落ち着かせる方法があります」
「はよ言え!!」
「褒める、です」
「自然、褒められて落ち着くの!?」
「はい。特に台風は承認欲求の塊です」
「知らんかった!!」
⸻
仕方なく褒めてみる。
俺は空に向かって叫んだ。
「タツオさん! 今日の雲の迫力は、すごいですね!!」
「タツオさーん‼️迫力すごいですね!!タツオさん‼️」
雲がピクッと動く。
《……ん?》
「輪郭も男前ですし、台風界のイケメン!!」
《……お、おう……》
佐伯が耳打ち。
「最後に“唯一無二”と言いましょう」
「タツオさん、あなた……唯一無二!!」
雲が一気にふわぁぁっと柔らかくなった。
《……照れるやん……》
ゴロゴロ……
さっきまでの怒号とは違い、低く甘い音。
「……本当に効いたわ、これ」
「自然は素直です。あなたよりずっと」
「比較するな!」
⸻
こうして台風は去り、平和が訪れた。
考えると、俺の周りだけの台風?
そんなことある???
風はそよそよと優しく吹き、
雲もふんわり微笑む。
《また来るわ〜吉田ぁ〜》
「二度と来んな!!」と言いたかったけど堪えて
手を振ってやった。
雲はぷかぷかと去っていった。
⸻
静かになった街で、
俺はようやく息をつく。
防災安全課は、あっけに取られた顔をして、
職場に戻って行った。
そのとき――
《……ヨ……シ……ダ……》
風の流れに混じって、また声が聞こえた。
佐伯が小さく言う。
「吉田さん。
自然界はあなたを“中心に”動き始めています」
「俺、自然界のリーダーみたいになっとらん!?
市役所で給料もらってるだけだぞ!!?」
風がくすっと笑うように吹き抜けた。




