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第2章 おっさん、青春 第29話 ~静かな未来~


 浦東市は、少しずつ静かになっていた。

 青春貢献税のバブルはピークを過ぎ、庁舎の電気も夜は落とされるようになった。


 街の空気は、

まだ頑張っているようだけど

ちょっとしたことで

“冷却モード”に入ったように見えることもあった。


「吉田さん、眠り処分の審査、まだ継続中です」

 佐伯が淡々と報告した。


「一次判定は“要観察”。活動値の低下が理由です」

  「活動値、ね。熱っぽく生きてないってことか」

「簡単に言えば、ナノが“退屈してる”んです」

  「……人間も似たようなもんだな」



 モニターに映る再生庁の統計には、こんな項目が並んでいた。


【実質高齢労働者人口増加、若者の失業増加】


【75歳以上高齢者人口が増える中、約1割の再青春者】


【再生者人口:全国で230万人】


【再生者合計特殊出生率:制度開始以来、0.03%】


「……..003!....レイテン ゼロ サン!」


「はい。理論上、再生者には生殖機能も再生されます。ただし、実際に“産む”人はほとんどいません」


「どうしてだ?」


「理由は単純です」


 佐伯は小さく息を吸うように間を置いた。


「再生者の多くは、もう“人生二周目”を経験しています。

 ――楽しみや面白いこと、ゲームなんかには行動を起こしますね。


セックス、すなわち快楽の行為は、青春してます。


反対に、子どもを育てる大変さも、社会の不安定さも、全部知っている。

  

  それに、ナノ再生の仕組み上、10年後には再び“年寄り”の姿に戻ります。


 ――『子どもに老いた自分を見せたくない』と答える人が圧倒的に多いんです」


「……なるほどな」


もっとも、政府はこの状況を“想定外の成果不足”と判断したらしい

 佐伯が新しいデータを投影する。


《青春再生期間延長法(改正案)》

 

――再生期間を「10年」から「20年」へ。

 ――再生者が子の出生および養育を行い、当該子が成人に達するまで、

 または当該再生者の再生期間が終了するまでのいずれか早い時点までの間は、

 青春貢献税の課税を免除する。


「……つまり、子どもを産めば、税金の免除と交換に

国家にとって“効率的な投資”になるってことか」


 「はい。再生の目的が、“個人の幸福”から“人口維維持・増加”へ移行しました」


 「結局、再生者も“道具”ってことだな」


 「人間は、いつの時代も“未来”を理由に、今を合理化しますから」


 吉田はため息をついた。

「未来を守るために、人間が“今”を失っていく」


 その言葉に、佐伯は応えなかった。

 ただ、ホログラムの姿が一瞬だけ霞んだように見えた。


庁舎の食堂で、再生女子たちが明るく話していた。


「昨日のライブ配信、最高だったわよ~!」


「AIタレントの“恋バナ回”で泣いた!」


「青春が続くなんて、すごい時代よねぇ」

 

――笑い声は軽い。


 俺は小さく呟いた。

「……そういえば、子どもたちの声が、聞こえなくなったな」

「え?」と佐伯が振り向く。


「街にも、公園にも、見ないな。聞こえるのは配信の音ばかりだ」

「社会的には安定してます。犯罪も減りました。

 教育は、子どもが少ないので、

授業はオンライン中心です。

その教育も今は“幸福度”が重視されています」


「幸福度……それって、“現状維持率”って言い換えてないか?」

「たぶん、正解です」


市庁舎の外では、現役世代の若者たちが抗議デモをしていた。


「未来を取り戻せ!」


「再生より誕生を!」


 横断幕を掲げているのは、本当に若い連中だ。

 彼らは、年齢によってまだ、まだ再生できない、“普通の人間、若者”。

 しかしながら、70年も80年も生きている再生者と同じ街で働いており、

 ましてや再生者は納税額が多くても、最低再生者賃金や年金を手にしているから、

 お金は持っている。

 

 それによって貧富の格差がひどいことになってきている。


そんな若い彼らは、税金の行き先、仕事の機会、そして

――“自分たちの存在価値”に抗議していた。


 マイクを握った青年が叫ぶ。

「俺たちは、過去をコピーするために生きてるんじゃない!」


 その声は、思ったよりもまっすぐに胸に届いた。


「佐伯、あいつらの声、どう聞こえる?」

「ノイズです。……ですが、有意なノイズです」


「有意?」


「“静かな社会”に必要な揺らぎです。完全な安定は、死と同義ですから」

 吉田はしばらく無言で、風に揺れる横断幕を見つめていた。


「ノイズってのは……新しい時代の始まりでもあるんだよな」

佐伯のホログラムが微かに頷いたように見えた。


 帰り道、昭和プレミアムミュージアムの前を通る。

 

今は閉館中。 貼り紙にはこう書かれていた。


『展示更新のため一時停止中 ― 新コンテンツ準備中 ―』


 ガラス越しに見えるホール、あの時の“俺”がいる気がした。


「……佐伯」

「はい」


「人間って、効率化しすぎると、子どももいらなくなるんだな」

「子どもは“未来への非効率”です。

          でも、熱源としては最高です」


「熱源、ね……」

 

俺は手を見つめた。


 掌の中のナノが、弱く脈動している。


「まだ、少しだけ熱があるな」

「ええ。それがあなたの“未完”です」


 風が吹いた。


 街の明かりが遠くで揺れた。


  ……風の音か、誰かの声がささやいた気がした。

 「――吉田くん、聞こえる?」

 

 風の中に、淡い光が舞った。


    それは、どこかでみた光と音

    ――微細な、羽音のようだった。

   

   ――未来は、まだ眠っている。




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