第2章 おっさん、青春 第28話 ~一事保全処理~
青春貢献税が創設され、5年近くが経った。
あの“バブル展示館”には、いろんな人が来るが、今では入場者数が右肩さがりに減っている。
街のネオンはまだまだ、煌々と光っている。
けれど、街のテンションは確実に下がっている。
青春貢献税バブル――このバブルもやはり賞味期限があるのかな。
庁舎の掲示板には、新しい通達が貼られていた。
『再生者ナノ活動評価システム:第2次運用開始』
『非効率体は「一時保全処理」(通称:眠り)を実施』
「眠り……か」
つぶやくと、隣の佐伯AIが小さく反応した。
「ナノ活動の効率が一定基準を下回った場合、再生状態を維持するより、一度“停止”した方がコストが低いそうです」
「つまり、国が非効率な再生を節約したいだけだな」
「正式名称は“青春エネルギー循環最適化プログラム”です」
「名前だけは立派だな……」
お昼の食堂では、恒例の再生女子たちの噂話が止まらなかった。
「聞いた? うちの課の瀬戸さん、“眠り”に入ったって」
「え、あの人80歳でしょ、まだ若くない?」
「ナノ代謝が低下したんだって。最近ずっと元気なかったもの」
「“眠り”って……要するに冷凍保存でしょ?」
「そうそう、“青春の冷蔵庫”よ」
「怖いこと言わないでよ。でもさ、起きたら若いままなんでしょ?」
「たぶんね。時間を飛び越える青春。ちょっと羨ましいかも」
「……起きられればの話よ」
その最後の一言が、妙に重く響いた。
俺は黙ってカレーうどんの汁をすする。
味はいつもと同じ辛さなのに、何かが違っていた。
午後一番、佐伯がモニター越しに声をかけてきた。
「吉田さん、少しお話があります」
「なんだ、また課税制度が変わるのか?」
「いえ、あなたのナノ活動ログについてです」
「……まさか、俺も“非効率”か?」
「そう判断された場合、“一時保全”が勧告されます」
「それを“眠り”って呼ぶんだろ?」
「俗称です。しかし、的確です」
「俺、まだ寝る気はねぇぞ」
「承知しています。ですが、活動エネルギーの揺らぎが検出されています」
「それはただの……疲れだ」
「青春の疲労は、制度上“熱量低下”とみなされます」
「どんな青春だよ」
庁舎の窓の外は、夕日でオレンジ色に染まってきていた。
遠くで“眠りの搬送車”が走っていく。
眠った人は、そのまま居住している場所に置いておけないそうだ。
オレンジ色に染まった中で、白い無人車両、なんだか棺桶みたいだ。
「佐伯」
「はい」
「眠った人は……起きるんだよな?」
「はい。ただし、再起動の基準は“社会的需要”に依存します」
「需要……?」
「つまり、“社会があなたを必要としたとき”です」
「じゃあ、必要とされなければ?」
「長い夢になります」
嫌なことを思い出した。
亀仙人と呼ばれる大学教授が、環境省が定めた外来種の亀を捕獲したら、
冷凍庫に入れて…「冬眠」って言っていた。
冷凍庫にいったい何匹いたことだろう。
窓の外で、夕陽が沈みかけて、今度は赤っぽい。
赤い光が手腕に反射して、手のひらのナノが微かに光った。
まだ、熱はある。
「佐伯」
「はい」
「眠りを“保存”と呼ぶのは、国の逃げだな、需要が無ければ、どうするんだろう。」
「生きてても、止まってるだけのやつ……それも、眠ってるのと同じだろ」
「現実に、どうしてこうなったんだ。」
陽が沈んで、暗くなってきた。
街の光も少し減っていた。
節電モード、もしくは人の熱が冷めた証拠だろう。
手のひらを開く。
ナノが、まだわずかに反応している。
「まだ眠らないぞ」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
街のネオンが、一瞬だけ強く瞬いた。
まるで、その言葉に答えるように。




