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第2章 おっさん、青春 第27話 ~再生しない~

家には半年、帰っていない。

理由は簡単だ。


俺だけが、モニター0号――

浦東市全体のナノネットワークと連動した再生者だからだ。


街灯の明るさ、空調の温度、信号機のリズム。

すべてが俺の生体リズムと同調している。


心拍数が上がれば街の照明が少し明るくなり、

怒れば電力網がチラつき、笑えばドローンの光が跳ねる。


つまり、俺の感情が街を支配している。


そんな存在に、家庭生活など許されるはずがなかった。

再生庁の指導で、ナノ安定期まで家庭接触制限がかけられたのだ。


最初は「1か月だけ」と言われていた。


その次も、その次も延長され

――結局、半年。

(……まあ、役所勤めだしな)


それでも博子は、

「亭主元気で留守がよい」と笑って待っていてくれた。


たまにLINE。

「ごはん食べた」「寝た」「りょ」で終わる会話。

それでも繋がっているだけで、少し安心できた。


接触制限解除通知が届いたのは年度末だった。


『ナノ反応安定。家庭接触制限解除』


その一文を見た瞬間――

心が、ほんの少しだけ明るくなった。


「吉田さん、感情波が平均値を超えています」

佐伯がホログラムで現れる。


「悪いか?」

「電力供給網に影響します」


「たまには、明るい街でもいいだろ」


「……了解。感情波の上昇、許可します」

その瞬間、街灯がわずかに同期した、まるで街そのものが“息をしている”ようだった。


外に出ると、春の風が頬を撫でた。


街は今、青春貢献税の恩恵で“再生景気”の真っただ中。

けれどその明るさが、どこか作りもののように感じられた。



俺の家は、浦東市から車で30分程度、海沿いを走って若草町にある。


ドアを開けると、博子が立っていた。


「あら……ニュースで見たわ。“街にリンクした男”」


「まあな。浦東市の電気は、俺の鼓動で動いてるらしい」

「便利ね。私の気持ちも点けてくれる?」

少し笑って、嬉しそうにした。


しかし、笑顔が、どこか寂しげだった。


リビングはいつものように綺麗にしてあり、ゴミひとつ落ちていない。


冷蔵庫には、好きなビール。すぐ開けて乾杯!


2人で飲みながら、浦東の事柄を楽しく、おかしく話していると、


博子が真顔で

「私ね……再生、しないことにしたの」


時間が一瞬だけ止まったようだった。


 「“特別対象 事前再生について”

   俺が再生庁に手配したんだけど。」



「そうなのね。 

      ……でも、私は再生しないつもり」


博子はゆっくりソファに腰を下ろした。


  その仕草に、少し年齢を感じた。


 彼女にあったのは“時間”ではなく、“覚悟”だった。


「若返っても、また同じ人生を繰り返すだけでしょ?


 仕事、義理、人付き合い……

 今のこの時間が、やっと“私のもの”になったの」


「……寂しくないのか」


「寂しいよ。でもね、寂しいって、ちゃんと“生きてる証拠”なの」


彼女はそう言って、自分の手を俺の手のひらにあてた。


温もりが、伝わる。


ナノの熱とは違う、人の温度だった。


「あなたは、再生したその瞬間から、

  多分“生きるより続ける”ほうを選んだのよね」


言葉が喉につかえた。

否定も肯定もできず、ただ黙ってビールを飲む。


庭の桜が風に揺れ、花びらが窓に当たる。

一枚、二枚

     ――散りながらも美しい。


「私は、散るほうがいいな。

 ちゃんと終われるほうが、自然でしょ」


その横顔が、昔と少しも変わらなかった。

若くはないけど、あたたかい。


「……相変わらず、強いな」


「女はね、“再生”より“再確認”のほうが得意なの」


俺は、ただ笑った。


夜の街が、少し暗くなった。


博子の言葉を照らすには、それで十分だった。


――彼女は、“再生しない”という選択で、

 もしかしたら俺よりも

     ずっと、前を歩いていた。



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