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第2章 おっさん、青春 第26話 ~昭和プレミアムミュージアム~

翌日。


……昨日の熱気が、まだ身体や街に残っていた。


それでも庁舎の掲示板には、また、新しいお知らせが貼られていた。


『本日開館! バブル遺産青春展示施設〈昭和プレミアムミュージアム〉』


「……昨日できたばかりの施設を今日オープンって、早すぎないか」

思わず独り言が出た。


青春貢献税の勢いは、もはや施工速度までバブル化していた。


昼過ぎ


俺は課長に半ば強制的に連れて行かれた。

「吉田くん、取材も来るから“青春推進課の顔”として笑ってくれ!」


「昨日のバブリー!で腰やったんですけど……」


「青春に休みはない!」


――あったほうがいい。


建物は、信じられないほど豪華だった。


全面ガラス張りの壁に、一面の巨大スクリーン。

映し出されているのは、


「1980年代・日本経済の奇跡!」というタイトル映像だ。

入り口を抜けると、

肩パット入りのスーツ姿の男、女性は、横浜トラディショナル、ハマトラの格好の受け付けが笑顔で「いらっしゃいませ!」と頭を下げお客さんを案内している。


BGMには「24時間働けますか?」のリゲインのCM。


スクリーンには石油会社のCMでスカートがめくれて

  「オーモレツ!!」の文字。


再生者向けに“当時の空気感”までAIが再現していた。


「いらっしゃ〜いませぇ〜! 

 昭和プレミアムミュージアムへようこそっ!」

聞き覚えのある声。


受付に立つのは――やっぱりAI佐伯。


ただし今回はDJ仕様ではなく、ガイド制服に身を包み、妙に丁寧な口調だ。


「本日は、“懐かしさの時価総額”をお楽しみくださいませ」

「……言い方が怖いな」


館内には、“再生バブル街ゾーン”が広がっていた。


ホログラムのネオンが瞬き、AIの若者たちが「いらっしゃい!」と声をかけてくる。


ディスコ、証券会社、ゴルフ場、ゴルフ会員権センター――


すべて“青春貢献税”で再現された“かつての日本”だった。

「懐かしい……けど、なんか違うな」


展示街の一角で、俺は立ち止まった。

ショーウィンドウの中に

――若い俺がいた。


だぶだぶの肩パットスーツ姿で書類を抱え、笑っている。

実際には撮られたことのない映像。AIが生成した“俺の過去”だ。


「これ、どこから持ってきた?」


「記録映像ではなく、推定再現です」


佐伯が淡々と説明する。

「あなたの脳内ナノから、記憶断片を再構成しました」


「……勝手に展示すんなよ」

「問題ありません。“あなたも皆さんも公共財です”」


「なんだそれ……」


再生者は誰でも、この“記憶の断片”が展示されるらしい。


ショーウィンドウに映る自分の姿を、再生者たちが見つめて呟いていた。


「昔はこうだったわねぇ、

    アッシー、メッシー、スッシー!」


「私のボディコン、お立ち台で似合うじゃない!?」


「たのきんトリオ!!としちゃん!マッチ!野村君!」


「青春の労働は美しい!!」


吊り橋が外れて片手で助けて、

     「ファイトー 一発‼️」


  帰りたいのに帰れないって

      ネクタイ動いているし、


5時から男! ってホント仕事しないのよー!

  


俺の展示にも、当時の記憶が詰まっていた。


名古屋の大学に通っていた。バイトに困ることはなかった。旅行会社や可愛塾のチューターとか家庭教師もやった。


夢と魔法の王国が開園した頃、旅行会社と信用金庫の企画で、子どもたちを連れてランドに5回も行ったな。

名古屋港から晴海ふ頭まで豪華フェリーで1泊。

朝にランドへ入園して、帰りは貸し切り列車で名古屋へ戻る。


バイト仲間はうちに泊まって、次の日また出発。5往復。


――まさに「24時間働けますか?」だ。


その頃、船舶4級免許を取ってクルージングもしていた。

仲間の中にはヤマハで1級免許を取得する奴もいた。

ジェットスキーを買ったやつが「マイジェットがさ~」って夜の街で自慢してたっけ。


女子を誘ってクルージングした時もあった。

ビールを飲みながら操縦しても良かったし、

   誰かが2階で操縦してた気がする。


―― 河藤が、フライングデッキだと遠くが見えて、船酔いしないって。


船上レストランにアワビのステーキやタコを食べに行って、帰りは飲み食べ疲れて、

全員船の中で寝てた。帰りの暗い中で操縦してた俺が、巨大なコンテナ船に汽笛を鳴らされて、死ぬほど焦ったのを覚えてる。


スパイクタイヤも履いてない四駆でスキー場に行って、

「どこでも走れる」と豪語した直後に溝へ落ちて、地元の車に救助されたこともあった。


映画に憧れてセリカを買った友達をだまして、毎週スキーに行ってたっけな。

ユーミンの音楽が流れてきてるわ。


喫茶店でのインベーダーゲームで100円玉をたくさん使ってるし、

スーファミプロ野球で、同期と勝負していつもノーヒット・ノーランで負けて、ビールを冷蔵庫から持ってきてるわ。何回やっても負けているわ


――あの頃の俺は、いつも全力で遊んで、笑っていた。


展示の中の“俺”も、笑い続けている。

――笑みが止まらない。


「……佐伯」

「はい」


「あの笑顔、夢中だったんだ。疲れを知らない時代だったかな」


「疲れを知らない子供のよーに……」

「……それも歌であったな」



奥のホールに進むと、巨大な標語が掲げられていた。


『青春とは、展示できる情熱である。』

― 国立青春推進センター標語より


「……国立、できてたのか。そんなセンター」


壁には“昭和バブルの終焉”を象徴する展示が並んでいた。


・シャッター街の模型ホログラム

・失われた30年の立体グラフ

・空っぽの給料袋


まるで遺品のように静かに並んでいる。


女性ホログラムナレーションが、話しかけてくる。


――『再生者の青春は、経済の酸素です』


「経済の酸素?必ず必要ってこと?なんだか熱い、いや寒い言い方だな」


「展示温度を下げますか?」

「いや、俺の心がもう冷えてる」


夕方、外に出ると、空がやけに青かった。

ミュージアムのガラスに、街のネオンが映っている。

あの“熱狂の夜”の残光みたいに。


「佐伯」

「はい」


「俺たち、どこまでが再生で、どこからが保存なんだろうな」


「保存と再生の違いは、“熱”です」


「熱?」


「あなたは、まだ少し光っています」


手のひらで、ナノがわずかに反応していた。

――それは、展示にはできない種類の光だった。



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