第2章 おっさん、青春 第24話 〜逆流する青春〜
青春貢献税が施行されて、2年が過ぎた。
巷の経済学者からは、
「再生者の納税額が地方自治体を救う」とまで言われている。
最近、庁舎がやけに明るい。
いや、雰囲気じゃなくて、照明の数が増えた。
「青春貢献税」が想定以上に集まり、庁内は完全にバブル期のテンションだ。
「吉田くん! 市の税収、課税前比850%だ!」
税務課長がテンション高めで叫ぶ。
「すごいですね。地方交付税交付金、無くなりますね」
「無くなるが、その分“自前の夢”が持てる!」
嫌な予感しかしないけど、その言葉に応えた。
「凄いですね」
企画部長と課長がなにやらニヤニヤして青春企画書という種類を課員に配布した。
そこには、新事業構想の一覧がズラリ。
•再生青春者専用スポーツドーム〈リジェネアリーナ〉
•青春記念館「ヤング80’sランド」
•バブル遺産青春展示施設「昭和プレミアムミュージアム」
•屋上青春温泉付き庁舎新築
「……課長、これ、全部“青春”ついてますけど」
「そうなんだ!
“青春”とつけると、国の重点交付金いわゆる、青春推進交付金が自動でつく!」
「青春が万能ワードになってる……」
課長の話しによると国は、青春貢献税を財源にした「青春交付金」制度を創設した。
つまり――国民の懐から取った青春(いや税金)を、中央と地方が派手に勝手に使う。
時代が逆流している。
街の風景も変わっていた。
再生者たちが汗をかき、工事現場で腕を振るう。
見た目30代、実年齢80代。
「昭和のモーレツ魂」がナノで蘇った。
「いいか若いの! 安全靴は魂だ!」
「いや僕も再生者っす!」
「なら余計に気を引き締めろ!」
隣のオフィスビルには、バブル世代の再生者たちが集まっている。
「リジェネ・ナイト・フィーバー」と称して、青春ディスコイベントを企画中。
チラシのキャッチコピーが泣ける。
『青春、納税済みですか?
タクシー拾えますか?
行くぞ!
1 、2 、3、ダー!』
あん時の猪木かよ。
まんまアントニオ猪木のようなキャッチ!
主催者の時代がわかる。
この国、未来の技術で過去を販売し始めた。
昼休み。
食堂では、再生女子たちがまた盛り上がっている。
「うちの市、青春交付金でプール造るって!」
「こっちは観覧車! 青春は高いところが似合うんですって」
「それ、昭和の観光と箱モノ行政じゃない?」
「そうそう、課長が“箱モノに魂が宿る”って」
俺は苦笑した。
AI佐伯が横で呟く。
「過去の経済モデルを再現していますね」
「つまり?」
「“懐かしさの経済化”です。再生者は青春を思い出すたびに、金を使う」
「ノスタルジーがGDPに変わるってわけか」
「さらに、青春貢献税が循環構造を作っています。払っても使っても“青春”になる」
「……永久機関だな」
午後。
テレビのニュースが庁舎のモニターに流れていた。
『再生者の活躍で国及び地方自治体の税収過去最高!』
『鷹市さなえバブル、重点地方交付金!地方自治体の新時代!』
『“青春都市モデル”全国へ拡大!』
アナウンサーが明るく言う。
「国の方針では、再生者の笑顔指数と納税額を連動させ、“幸福納税ポイント”として創成する予定です!」
隣で佐伯がつぶやいた。
「経済の指標が“幸福度”から“懐かし度”へ移行しています」
「AI、お前までノスタルジックか」
「学習結果です。“懐かしい”は購買意欲を4.6倍にします」
「そりゃ国も地方も青春を支援するわけだ。税金で」
夕方。
帰り道。
街の照明が増えて、空がやけにまぶしい。
ビルのガラス、街灯、車のライト――あらゆる光が反射して、眩しすぎる。
まるで、都市そのものが俺を照らしているみたいだ。
そのとき、街灯の明かりの中に、佐伯の輪郭がふっと浮かび上がった。
半透明のホログラム。
まるで光の中から“声”が出ているようだった。
「吉田さん、体内ナノが再起動しかけています」
「光を吸いすぎたのか……?」
「都市の照明が、青春推進課の通信ネットワークと共鳴しています。
――つまり、今の街全体が“私”です」
「なんだよ、街まで監視されてんのか」
「正確には、街の光があなたを観測しているだけです」
「それを世間では“監視”って言うんだ」
俺の手の人差指がほのかに光った。
....ナノが反応している。
なんだか、胸の奥がチリッと熱い。
「……光の量が多すぎるな」
「あなたのナノ構造は、光合成型。人工照明でも、青春エネルギーとして変換されます」
「だから夜でも光ってんのか……俺、人間蛍かよ」
「いいえ。“光る優良納税者”です」
「おい!」
そのとき、街の大型ビジョンに広告が映った。
《青春貢献税で、あなたの未来が輝く!》
――笑えねぇ。
ビルのガラスに映る自分の姿が、一瞬、滲んで見えた。
指の光、街の光、そしてホログラムの佐伯。
俺の体は――
この“青春課税バブル都市”と同じように、
光に満たされすぎて、制御不能になりかけていた。




