第2章 おっさん、青春 第22話 〜青春推進課、始動。〜
お待たせしました。俺のリ・青春スタートです
若草町の少し離れにある地方都市、浦東市。
人口およそ10万人。
かつては造船と繊維で栄えて、ニュータウンも作られて15万人近くの人口があったようだ。
造船は細々と仕事があるが、繊維は中国や東アジアからの安い製品が入ってきて、産業が無くなってしまった。
後継もおらず、さんかく屋根の織物工場だけが昭和の遺物として残っている。
しかしながら、市の今は“再生者”で持っている。
高齢化対策で始まったはずの再生制度〈Next Plan 75〉が、この街ではすでに“主要産業”みたいなもんだ。
国の地方交付税交付金はもう打ち切られた。
「青春貢献税」が想定以上に集まり、
浦東市は今や“納税バブル都市”。
国に頼らず、自前の青春で回っている―
―なんとも皮肉な話だ。
――俺は2年前から、この浦東市役所の職員だ。
66歳にして、公務員に就職。ただし、見た目は30代前半。
人呼んで...
いや、誰も呼んでないけど、
“逆コナン世代”。 笑
部署の名は「企画部 青春推進課」。
スローガンはこうだ。(国からのスローガン)
> 『高齢者にも、第二の青春を!』
……まぁ要するに、
「働けるうちは働け」ということだ。
それを“青春”と呼ぶセンス、ある意味すごい。
⸻
2年前の初登庁の時の話
庁舎の自動ドアをくぐると、AI受付が機械的に声をかけてきた。
「おはようございます。職員証を提示してください」
「吉田和正。今日から配属だ」
「登録年齢、66歳。外見年齢30代前半。詐称の疑いがあります」
「いや、若返ったんだよ」
「不正防止のため、“青春ポーズ”をお願いします」
「青春ポーズ?」
「はい。右手を天に突き上げ、
“ヨッ、再生!”
と発声をしてください」
……誰がこんな認証フロー作った。
仕方なく右手を挙げる。
「ヨッ、再生!」
こちらに注目していた職員、庁舎がざわつく。
若手職員がクスクス笑ってる。
AI受付が冷たく告げた。
「確認完了。お若いですね」
「褒め言葉でも全然うれしくねぇよ」
⸻
デスクに着くと、隣の席の職員―
―AI職員の佐伯が話しかけてきた。
見た目は20代、実際は政府直属の監視ホログラムユニット。
「吉田さん、モニター第0号ですよね? 肌ツヤ、すごいっす」
「お前はスキンケアAIか」
「ちなみに精神年齢は?」
「たぶん15歳」
「反抗期っすね」
“佐伯ってあの佐伯?“とか思いながら
壁を見ると
そこにはスローガンが貼ってある。
> 『高齢者を支える社会から、高齢者が支える社会へ』
その下に誰かが書き足していた。
> 『……支えすぎて腰をやらないように』
この課、ユーモアがある職員がいるな、
それともイタズラ好きな職員?
⸻
午前はオリエンテーション。
課長が壇上で、マイクを握って声を張り上げた。
「再生者の社会参加率を来年度までに80%に上げる!」
「はい質問!」
「はいどうぞ!」
「青春って、そんなに計画的に上げ下げできるんですか?」
「……どういう意味だね?」
「うちの青春、だいたい予算より早く燃え尽きますけど」
課長の眉がピクリと動いた。
隣の佐伯AIが無感情に発言を記録する。
> 「会議室の温度が3度下がりました」
……省エネだけは順調らしい。
⸻
昼休み。
食堂には再生女子たちが集まっていた。
全員、実年齢75歳以上。見た目は30代前後。
つまり、“平均年齢80歳近くの青春”である。
「ねぇ吉田さん、あなたまだ66でしょ? 早いわね〜」
「モニター枠です。つまり実験台」
「でも羨ましいわ。私たち、制度施行待ちで3年も遅れたのよ」
「それは……青春の順番待ちですか」
「そうそう、“青春渋滞”って呼ばれてたの」
話しが変わる、変わる・・・
「うちの旦那、再生して現場に戻ったけど、青春貢献税で手取り減ったのよ」
「うちは笑えば控除、ため息で加算よ」
「年金減らないかしら、今まで働いてきたからねー」
「制度が恋愛より複雑ね」
「……」俺のカレーが、少し冷めた。
周りの本当の若手職員がポカンとしている。
外見は全員20代から30代に見えるのに、会話の中身は健康と年金の話。
この環境、会話、年金と健康
見た目より会話が老けている。
病気持ち自慢では無いのが救いか⸻
午後。
庁舎前にはテレビ局が押し寄せていた。
「NEXT PLAN75 モニター第0号、正式勤務開始!」
――どうやら俺の初出勤がニュースらしい。
国と自治体の共同プロジェクト、つまり俺は広報用の人間広告塔ってわけだ。
「吉田さん、初日のコメントを!」
「えー……国が青春を配給する時代になりました!」
記者たちが笑う。
空を見上げると、取材ドローンが太陽光を反射して虹のような輪を描いていた
“光と水”が揺れて見える。
――幸子、お前、見てるか?
俺の青春、まだ返却してねぇぞ。
今でも、独り言か、そんな気持ちになったことを覚えている
⸻
デスクに戻ると、端末に新しい通知が届いていた。
【青春スコアβ版が有効化されました】
【あなたの初期値:+1】
「……俺の青春、数値で管理されるのか」
佐伯が隣で静かに言った。
「幸福度の定量化は、次の国家目標です」
「また新しい指標か、覚えられるかよ」
「でも“青春加算”がつくと、翌月の給与が上がりますよ」
「まじか?……現金な青春だな」
外の空がオレンジ色に染まる。
ドローンが光を受けて、ふわりと揺れた。
――こうして俺の“第二の青春”は、AIの監視付きで再スタートした。




