おっさん、青春はじめます。 第2話 ~年金秘密のボーナス〜
俺は定年前から、ずっと気になっていたことがある。
――年金、いつからもらうのが得なんだ?
仕事の同僚や飲み仲間に聞いても、返ってくる答えはバラバラだ。
「60歳から受け取れるらしいぞ」
「いや、65歳が標準だ」
「繰り下げたら増えるんだよ、オレは70まで我慢する!」
酔っ払いの戯言じゃ埒が明かない。ネットで調べた。
なんだか沢山あってよくわからないし、不親切な資料が多い。
なんとか理解したのが
60歳から:早く受け取れるが、月額はかなり減る。
65歳から:標準。満額受給。
70歳まで繰り下げ:1年ごとに8%増、最大全体で42%増。
「なるほど……。長生きする自信があるなら繰り下げ、だけどいつ死ぬかなんてわからん。うーん」
知識だけは仕入れたが、結局は悩みが深まるばかりだった。
よし、こうなったら専門家に相談してみるか――。
そうして俺は、ある平日の午前、年金事務所へ向かった。
年金事務所にて
年金事務所へはマイナポータルから予約してあるので、順番待ちはスムーズだった。
しかしながら、待っているのは白髪や杖のお年寄りばかり。
若い俺がそこに混じった瞬間、明らかに場違いな空気が漂った。
隣のおばあちゃんがひそひそ声で囁く。
「若いのに年金だって……?」
「最近は不正受給も多いらしいわよ」
おいおい、俺は真面目に相談に来ただけだっての。
番号を呼ぶ職員が手間取って、老人たちが怒鳴り出す。
「なんで45番を飛ばしたんだ! わしは44番じゃぞ!」
「す、すみません!」
待合室全体がざわつく中、ようやく俺の番号が呼ばれた。
⸻
窓口でのやり取り
「本日はどのようなご相談でしょうか?」
「年金の受け取り時期について、相談したくて」
カウンター席に座り、スマホの予約番号を見せた。
職員はちらりと俺の顔を見てから、マイナンバーカードを確認。
そして固まった。
「……え、昭和35年生まれ……?」
視線が、カードと俺の顔を三往復。
「失礼ですが……ご本人さま、ですよね?」
「はい、俺です」
その後、何度も顔を見られたので内心ドキドキもんであったが、カードを信じてくれたらしい。
だが後ろのお年寄りたちはざわざわ。
「顔と年齢が全然合っとらん」「マイナンバーって偽造できるんか?」
……余計な詮索はやめてくれ。
職員の説明と“お得情報”
説明を受けると、俺が事前に調べた通りの内容だった。
•60歳開始だと減額
•65歳開始が標準
•70歳まで繰り下げで大幅増
「長生きの自信があるなら繰り下げ、生活資金が必要なら早め……ですね」
職員は淡々と説明するが、その視線は未だに俺の顔と書類を往復している。
そこまでは想定内だった。
ふむふむ、と聞いていると、職員がふと書類をめくりながら言った。
「奥様は10歳以上お若いんですね。でしたら年間40万円程度の加給年金がつきますよ」
「えっ?」思わず声がでた。待合室のお年寄りたちが聞き耳を立てる。
「年の差婚だと得するんか」「ズルいのう」「いや、それも人生の戦略じゃ」
――なるほど。博子との年齢差が、まさかこんなところで役立つとは。
年の差婚が“制度的にお得”になるなんて、誰が想像しただろう。
⸻
秘密のボーナス
「……なんか、相談しにくるのも悪くないな。得した気分だ」
これは黙っておこう。
博子に知られたら「私のおかげで増えてるのよ」なんてドヤ顔されるに決まってる。
ここは俺ひとりの“秘密ボーナス”だ。
待合室を出る頃には、さっきまでのジロジロ視線も気にならなくなっていた。
早く家に帰って、こっそり祝杯をあげたい気分になった。