おっさん、青春はじめます。 第19話 ~生きて、老いて、笑って。~
――光が降っていた。
雨のようで、でも濡れない。
それは水の粒じゃなく、空気の中に漂う小さな輝き。
肌がそれを吸い込むたび、胸の奥がじんわり熱くなった。
まるで、太陽に抱かれているような感覚。
あの日と同じだ――俺が“若返った日“
気がつくと、俺は山中の古いトンネルの前に立っていた。
どうやってここまで来たのか、記憶が曖昧だった。
ポケットの中で、USBが淡く光っていた。
――まるで誘導しているように。
トンネルの奥から、青白い光が漏れていた。
静寂の中、かすかに水の流れるような音も
俺は吸い寄せられるように、
その光を頼りに足を踏み入れた。
古びた鉄扉
無機質な照明
金属と湿気の匂い――
扉のプレートに刻まれた文字が目に入る。
「内閣府・生体再生技術特別実証拠点」
――Project Rebirth Node No.03
鉄扉を開けると、眩しいくらい明るく
そこは前に見た幸子の研究室とそっくりな研究施設だった。
パソコンやら実験用の器具やら、
いろんなものが置いてある。部屋の真ん中には大きな水槽のようなものまである。
さっきまで誰かいたくらい明るいのに
誰もいないようだ。
パソコン端末も稼働しているようだ。
すべてが動いているようにも見えたが、
そのうちの一台の端末にUSBを差し込む。
モニター画面が変って…
映ったのは―
―幸子の顔だった。
「もし、これを見ているなら
…あなたはもう、核心にたどり着いているはず」
穏やかな声が、スピーカーから響く。
「でも覚えておいて。“若返り”は、ただの結果。目的じゃないの」
幸子の声は静かだった・・・
「新プラン75の本当の狙いは、
“老化の制御”じゃない。“社会の制御”よ。
若い体にしたのは、人間の管理を効率化するため。
そして――10年で切れるように設計された。
労働と死を、無限にループさせるために」
画面右下に、数式と波形が流れる。
理解できないが、それが“命”を数式にしているようなことだけは分かった。
「けれど、あなたは“例外”。
あの日の雨の中で、人工ナノマシンに“自然の分子”が融合した。
それが『光合成型ナノ構造体』――別名、“ヒューマン・リーフ”。」
何言ってるのかわからないけど、
フューマン・リーフだけ刺さって
俺は思わず吹き出した。
「……葉っぱ人間、ね。どっかのRPGかよ」
「あなたの体は、太陽光と水で自己再生を続ける。
つまり――“再生の永久エンジン”よ」
「でも同時に、その光を国が追っている。
彼らは“自然が作った奇跡”を、完全に支配したいの」
「もし国がこのデータを奪えば、人間の一生は“管理されたループ”になる。
生まれ、働き、若返り、また働き……そして、また消される」
俺の背筋が寒くなった。
まるで未来の“命の取扱説明書”を読まされたようだった。
画面が切り替わり、別のデータが映し出された。
“光”の正体
――それは、
水の分子を逆回転させるレーザー反応だった。
時間の流れが、微細に巻き戻る。
だから俺たちは、過去に戻った身体で、老いた心を持つ。
それが“逆コナン”の正体。
(……つまり、俺は時間の中の“落とし物”ってわけか)
俺は、勝手に解釈し、よくわからない笑いを漏らした。
そのとき、別の端末が自動で起動した。
――誰かのアクセス信号。
「……来たか」
背後の扉が自動で動く
現れたのは
―佐伯。国家計画の男
「探しましたよ。」
あいかわらず冷たい声。だが、目は狂気めいた光。
「我々にとってはバグですが、社会にとっては、“救世主”です」
「救世主? 笑わせんな。働いて若返って、また働く。
それ、ただの“永久ブラック企業”だろ」
佐伯は笑った。
まるで氷が割れるような、冷たい笑いだった。
「あなたが生きる限り、光と水は拡散する。
つまり、あなたの体そのものが“拡散源”だ。
この現象を社会に広げれば、国家は“不老のシステム”を確立できる」
「不老不死って、そんなに偉いか?
俺は、飯がうまくて、泥が温かけりゃ、それで十分だ」
その言葉に、佐伯の笑みが無くなった。
「あなたは理解していない。 人間の幸福など、統計で測り、数字で決まる時代です」
次の瞬間――施設の照明が点滅しだした
一一警告音が鳴り響く。
部屋の入り口には幸子がいた。
警報のスイッチを切ると、
「さすがね、数字でしか“愛”を知らない男」
幸子の声が鋭く響いた。
その手に持つ端末から、光のコードが放たれる。
同時にに天井の通気口から、まばゆい光が射し込んだ。
施設中央のタンク――が震えた。
「やめろ! 再生槽を暴走させる気か!?」
「いいえ。解放するの。 光と水は、誰のものでもない!」
眩い光。
冷たい水が降り注ぎ、すべてを包み込む。
俺の体が反応した。
ナノマシンが共鳴し、皮膚が光を放つ。
「おい、幸子! 止めろ!」
「これでいいのよ……あなたが“鍵”なんだから!」
幸子の声が遠くで響く。
彼女の姿が、光に溶けていった。
世界が反転した。
時間が止まり、光と水がひとつの流れになる。
水は記憶を流し、光はそれを焼き付ける。
眩いばかりの光
この山、町を包んだような…
過去も未来も混ざり合い――
田んぼの泥の匂い、博子の笑顔、幸子の笑い声。
すべてが同時に、脳裏を駆け抜けた。
(これが……“再生”か)
気がつくと、俺は地上にいた。
夜明けの光が山の向こうから差し込んでいる。
空気が澄んで、草が揺れて、遠くで鳥が鳴いた。
ポケットのUSBは、もう光っていない。
「……あんた、やっぱりすげぇよ、幸子」
俺は空に向かって笑った。
風が、答えるように吹いた。
――“生きて、老いて、笑って。
それが、人間よ。”
そんな声が、確かに聞こえた気がした。
俺は歩き出した。
太陽が昇る。
光と水が、またひとつになっていく。
青春は、まだ終わっちゃいない。
何度でも――やり直せる。




