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おっさん、青春はじめます。 第18話 〜実験成功~

 廃校を抜け出して三日。

 山を越え、川を渡り、町外れの作業小屋に身を潜めていた。

 夜は冷えるが

――体の奥からは、絶えず熱が湧いてくる。

 あのとき幸子が言っていた通りだ。

「あなたの体は、光と水で動いてる」


 ――便利っちゃ便利だが、飯を食わずに生きるって、なんか“人間じゃない”感じがして嫌だ。

 作業小屋にあったインスタントコーヒーを作り、

一口飲む

 苦味が喉を通り、腹に落ちる感覚にほっとする。

「……うまっ」

 誰もいない小屋で、つい独り言を漏らす。

 ――そのとき。


「やっぱり、ここにいたか」

 背後から声。

 ビクッとして、振り向くと、そこに立っていたのは山本だった。


 泥だらけの“同志”。

 見た目は若いが、経験が深く、現場やイベントにおいて、彼の実直さはみんな知っていた。


「よくここがわかったな」


「お前を追ってた連中の動きを逆探知した。でもお前の行先は俺が判るんだよ」

 

山本は笑って、ベンチに腰を下ろす。


「……幸子は?」

「捕まった。だが、多分生きてる」


 少し胸の奥がホッとした。

 

  ―ホッとしたとともに、

     ”アイラブユー”と自分で言った言葉を思い出し、顔が熱った。

            これは誰にも内緒だ


「俺たちの中で、動きが割れた」


「割れた?」


「ああ。“青春フェス”以降、国の監視が強まってな。

  一部の若返り組は、あっさり政府側についた。

 『俺たちは選ばれたんだ』ってよ」


 山本の口元に、苦い笑いが浮かぶ。


「中にはエージェントになったやつもいる。

 ――佐藤さんも、今じゃ“地域統括官サトウ”だ」


「……まじかよ。田んぼで“腰に気をつけて”って言ってた人が?」


「腰は若くなったけど、心は老いたんだよ」


 俺は思わず笑ってしまった。

 笑いが出るのは、もう泣くほど現実が馬鹿らしいからだ。


「で、お前はどっちにつく?」

 唐突な問い。


「どっちって……」


「国につくか、反旗を翻すか。もう“青春ごっこ”じゃ済まされない。

 幸子からのUSB、まだ持ってるだろ」


 思わず胸ポケットを押さえた。

  中には若返り制御コードデータ


 ――『逃げて』

 幻聴みたいに蘇る。


「なぁ山本、お前はどうする気だ」


「俺はこっち側に残る」


「反旗派、か」


「ああ。俺たちはもう十分働いた。

 国に“再利用”されるために若返ったわけじゃねぇ。

 ――もう一度、自分のために生きたい」


 山本は端末を取り出し、画面を見せた。


 「RN」――リバース・コミューンのロゴ。

「これが、俺たちの“新しい青春”だ」


 若返った教師、医師、技術者……


 肩書を捨てた者たちが、独自のネットワークを築いているという。


 だが俺は首を振った。

「若さが永遠だと思ってるやつらは、もう“老人”じゃないか?」


「……どういう意味だ」


「“若い”ってのは、変わり続けることだろ?

 それを止めた瞬間、どんな見た目でもジジイだよ」

 

  一瞬、山本の瞳が揺れた。


 ほんの一秒、迷いの影。


「だから、お前が“鍵”なのかもな」


 山本は立ち上がった。

「明日朝早く、南山に残りの連中が集まる。」


 その背中を見送りながら、俺は息を吐いた。

 あいつの言う“決める”が、命の選別になる気がしてならなかった。


 まだ暗い中、小屋を出る。


 満月が冴え冴えと照らし、田んぼの水面が鏡のように光っていた。


 スマホを開くと圏外のマーク


 けれど画面には、幸子からのメッセージが一つ。


 ――『あなたが何者でもいい。

   あなたが“老い”を笑える人であってほしい。』


 文字が滲んで見えた。



 朝日が登ってきている。


 林道を抜けると、ちょっとした芝生広場になっている南山ガーデン


 そこに十数人の若返り者たちが、ラジオ体操するかのような円を描いて立っていた。


 誰もが見た目は20代―

 ―だが、全員“昔”を背負っている。


 中央に立つのは、白いジャケットの女。

 佐藤統括官。


「同志の皆さん」

 澄んだ声。


「今日をもって私たちは“再登録”されます。

 国の管理下に戻るかわりに、完全な市民権と報酬が得られる。老後の心配は、もう不要です」


人々は少しざわついた


 山本が一歩前に出た。

「それじゃ“飼われる”だけだ!」


「違います、共存です。」


 佐藤は微笑む。

「私たちは“永遠の労働力”。社会の新しい軸になるの」


 ――“プラン75“は、姥捨て山 ... 口減らし 

      口減らしの代わりに、働かせ続ける “新プラン75“

 

「国に逆らって何が残る!? 年金も医療も、もう国が握ってる!」

 叫んでいるような、泣いているような声だ。


 山本が拳を握る。

「だったら俺たちは何のために若返ったんだ!?

      もう一度、青春を――!」


「青春なんて、ただの燃料よ」

「燃やされる側が気づかないだけ」


 ――沈黙が覆う


 俺は前に出た。

「……俺は、誰の燃料にもなる気はない!」

 

 全員の視線が俺に刺さる。

 

 佐藤が指を鳴らした。

 背後のドローンが一斉に浮上。

 白い光が俺を狙う。

 その瞬間、胸ポケットのUSBが光った。


 波のような衝撃――ドローンがすべて停止する。

「おい……何をした!?」

 佐藤が叫ぶ。


 俺は、自分でも分からないまま笑っていた。

(たぶん、光電融合技術と金属有機多孔性構造体の合体!

 幸子は、諦めず最後まで研究して“実験“したんだ)


 空から降り注ぐ、柔らかい光。

 あの日の雨に似た光。


 ――選ぶのは、自分だ。

 青春を燃やすのか、青春で照らすのか。

 若返った同志たちの瞳が、それぞれ違う未来を映していた。



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