おっさん、青春はじめます。 第17話 〜なぜ俺が若返ったのか~
目を開けると、知らない天井があった。
……いや、この天井は見覚えがある。
廃校の音楽室。文化祭のときに使った場所だ。
どうやら、幸子が俺を引っ張って逃げ込んだらしい。
思いを巡らせている俺の隣で、幸子がパソコンを見ていた。
彼女の顔は真剣そのもの。
幸子は俺が気が付いたのを知って
「ドローンは撒いたわ。時計も外しておいた。でも、時間がない」
「時間がないって、追ってくるのか?」
「ええ。私とあなたは今、″逃亡者とサンプル”よ」
「逃亡者とサンプル…
おいおい、青春ごっこの延長で国家反逆者かよ……」
俺は苦笑いするしかなかった。
まさか65歳でスパイ映画の主役になるとは思わなかった。
「それより・・・」
幸子は画面をこちらに向けた。
映し出されたのは、複雑な波形と、データの羅列。
「これが、あなたの体の細胞データ」
「農作業のとき、あなたがタオルで拭いた汗を回収したの」
「さすが、研究者だなDNA採取か…」
感心しながら、俺は画面に表示されたデータを見た。
そこには、通常の若返り被験体と比較して明らかに違う“波”があった。
「通常の若返り処置では、ナノマシンが老化因子を抑制するだけ。
でもあなたの場合、ナノマシンが共生している」
「共生?」
「そう。体内で自律的に代謝を制御して、再生サイクルを繰り返してるの」
「つまり……俺の中に、永久エンジンみたいなのがあるってことか?」
「正確に言うと、環境依存型エンジンね」
幸子は画面を切り替えた。
そこに映ったのは、あの光る雨の映像だった。
「これ、港湾であなたが若返った日の気象データと映像。
観測史上初めて、特定の波長帯の光線と、超微量の海洋ミネラル粒子が同時に降下してたの。
私たちは光電融合と多孔性金属錯体を使って、実験を繰り返していたけど・・・、
偶然にも太陽の光と海の波長と粒子が、それを成し遂げてしまったの。」
「なんやら解らんが……太陽の光と海の・・・なに?」
「ナノマシンと自然界の元素が融合したと思われるの。
その結果、あなたのナノマシンは“環境光”と“水分”をエネルギー源にしてると考えられるのよ。」
俺は無い頭で考えた・・・
つまり、俺の若返りは――
電池でも薬でもなく、ナノマシンにより、“太陽と水”で動いてるってことか。
「……まるで植物だな」
「そう。あなたの細胞は今、半分“光合成”してる状態なの」
幸子は嬉しそうに笑った。
研究者なので、科学的状況は、楽しそうだ。
俺としては、その笑顔がめっちゃかわいくみえた。
…いや、彼女も中身は俺と同世代なんだよな。
と思いつつ、
真面目に
「つまり俺は、国家の研究が生んだ“ミス”じゃなくて、
科学と自然が拾い上げた“成功例”ってわけか」
「そう。そして国は、その再現を狙ってる。
でもね――まだ、あなたの体には“鍵”がある」
「ナノマシンが共生してるってことは、外部からの命令を遮断できる構造を持ってる。
つまり、国家が全員に仕込んだ管理コードが、あなたには効かない」
俺は息を呑んだ。
つまり、他の若返り者は“コントロールされている”ということだ。
幸子は続けた
「だから、あの文化祭のあと、何人かのメンバーが消えたでしょ。
それは、“制御不能”になった者たちがいたの。
ナノマシンが暴走して、精神が不安定になって……」
幸子の声がかすかに震えた。
「彼らを“回収”した現場を見たわ。
ドローンが降りて、光を照射して……跡形も残らなかった」
一瞬で凍りつく。
静寂の中、外の風の音だけが聞こえる。
…
「幸子、なんでそこまでして俺を助けるんだ?」
ふと、俺は素直に聞いていた。
彼女は、俺を監視していたはずだよな。
いつから“仲間”になったのか。
幸子は、目を伏せた。
「……昔、私の父も実験だった、この新プラン75の」
「実験体だったのよ、父は
そして、“選択”を強いられた、
75歳で選択するはずの計画を、65歳で反老化実験に参加するか迫られたの。
結果、若返ったけど、1年後に突然倒れた。ナノマシンの再起動停止よ」
彼女の声が震える。
そして、その瞳の奥に宿る光は、怒りとも悲しみともつかない。
「私は、同じことを繰り返させたくない。
あなたは、その“鎖”を断ち切る鍵なの。
だから、誰よりも先にあなたに会うために、港の仕事や、ジムでのマッチングアプリも、仕組んで、
そして、鴨川で会ったのよ。
あなたは、鍵なの!」
それを聞いた俺の身体の奥で“何か”が弾けた。
青春やりなおし、ただの夢の中だと思っていた。
だが今、この若い体を持て余して、笑ってる場合じゃない。
「この若返りシステム、止められるのか?」
「理論上は……“共生ナノマシン”の信号で全体ネットを撹乱できる。
でも、それを使えば――あなたの命も保証できない」
「構わないよ。また、面白い役割を見つけた気がする」
幸子は目を見開いたあと、笑った。
「……ほんと、若いのか年寄りなのか分からない人ね」
「どっちでもいいさ。青春は、何回目でも面白く、楽しいもんだ」
外からエンジン音が響いた。
廃校の裏口に、黒い車が数台停まったようだ。
ドアが開き、黒服たちが降りてくる。
「早かったわね……」
幸子が小さくつぶやく。
彼女はパソコンから取り外したUSBを俺に渡した。
「私のメッセージと光と水の共生構造、そして“制御解除コード”。」
「逃げて、あなたが捕まったら、もう終わり」
「……幸子は?」
「私は、残る。少しでも時間を稼ぐ」
俺の胸がぎゅっと締めつけられた。
無茶して、無理して、なんだか泣きそうにもなる。
「幸子……また会えるよね。連れ戻しに来る!」
「その言葉、しっかり覚えておくわ」
涙目で笑う幸子を見て、俺は思わず笑い返した。
「ちゃんと覚えててくれよ! アイラブユー!」
「ふふ……そういう冗談言えるなら大丈夫ね」
その瞬間、ドアが破られた。
閃光弾。光と煙が部屋を包む。
俺は反射的に窓から飛び降りた。
(なぜ俺が若返ったのか――)
その答えは、
人間は、老いるために生きてるんじゃない。
誰かの未来を繋ぐために、生きて、そして生まれ変わるんだ。
夕陽が沈む。俺は闇雲に走り出した。