おっさん、青春はじめます。 第15話 〜青春フェスティバル~
稲穂が金色に染まる季節、町は小さな熱気に包まれていた。
廃校になった中学校の校庭を使い、
「青春フェスティバル」が開かれる。
地域おこし協力隊による文化イベント
――という建前だが、
実際は俺たち“若返り組”の社会実証プロジェクトの一環だった。
もちろん、地元の人間はそんな裏を知らない。
俺たちは「都会から来たボランティア青年」扱いだ。
だがその“若さ”が、すこし”皮肉”に感じた日でもあった。
「ソースもうちょい! 焦げる焦げる!」
「キャベツは千切りだ、ざく切りじゃ歯に刺さる!」
「重たいもん気をつけろって、ギックリ来るぞ!」
見た目は男女がてきぱきと動いているが、会話の中身は完全に老人会。
――若返っても中身までは戻らない、これが“逆コナン”の日常だ。
「視力が戻らん……老眼鏡どこやった?」
「スマホの字が小さすぎるわ。血圧アプリが警告出しっぱなしだぞ」
そう、“若者“と言っても、若返りの仕方が少しずつ違うらしい。
筋肉や肌は若いが、血圧も関節痛も昔のままの若者もいる。やはり、まだ実験段階なのだろう。
なんらかの力で若返ったとはいえ、未完成な存在。
国家はその“未完成の青春”を、データとして観察している。
「鉄板の火、弱めて!」
「了解!」
俺は大きなコテをカチンカチンと鳴らしながら、焼きそばソースの香りに包まれていた。
焦げた匂い、笑い声、汗
――どこか懐かしい。
(……この時間は、確かに“青春”だな)
昼過ぎ、校庭の端で声が荒れた。
「おい、勝手にステージ占領すんなよ!」
制服姿の高校生が数人、こっちに寄ってきた。
地元ではなく、隣町の高校生らしい。
彼らは去年このイベントの運営を手伝っていたらしい。
「俺たちがやってきたんだ。なのに今年から、
“都会から来た協力隊”とかってよ!」
俺たちは、表向きは「地域を助けるボランティア」だが、実際は社会実験。
彼らの純粋な思いとぶつかるのは、どこか心が痛んだ。
「俺たちが余所者なのはわかってる。でも、町を盛り上げたい気持ちは本気だ」
「口でいうのは、簡単だろ!」
小競り合いのようになって、高校生の一人が、手を振った、運の悪いことに、
焼きそばの横のテーブルにあたり、ガチャンと倒れてしまった。
その音と同時に――マイクの音が響いた。
「やめなさい!」
ステージの上から、幸子が声を放った。
「あなたたちが関わっているのは知ってるわ。
でも、いまのこの町は人が減りすぎて、他の誰かが来なければ続かない。
私たちは奪いに来たんじゃない。未来を繋ぎに来たの。」
高校生たちは顔を見合わせ、誰も言葉を発しなかった。
「この町を本気で救いたい人たちは、みんな“仲間”よ。
世代も立場も関係ない。……ね、みなさん」
俺たちはうなずいて、言った。
「俺たちは若いフリをしてるわけじゃない。昔できなかったことを、もう一度やり直したいんだ。
それが“第二の青春”だと思ってる」
少しの沈黙のあと、拍手が湧いた。
地元の年配者たち、そして高校生たち
―みんなが少しずつ笑顔を取り戻していた。
夕暮れ。
祭りのフィナーレを飾る歌声が校庭に響く。
黒柳さん(戸籍78歳)が、マイクを握っていた。
歌うのは「翼をください」
見た目と声は若くても、その歌と歌詞の一言ひとことに歳月の重みがあった。
聴いていた高校生たちも、しっかり聞いている、聞き惚れて泣いている子もいる。
俺は思った。
――青春って、年齢じゃない。
もう一度、誰かの心を動かす。それが俺たちの役目だ。
拍手の中、ふと空を見上げると、校舎の屋根の上に青白い光が瞬いた。
(あれは……?)
見覚えがあった。あの日、俺が若返った夜と同じような光。
雷のようで、水のようで、どこか人工的な光。
誰も気づかず、俺だけがその異様な輝きを見ていた。
校庭の灯りが消え、静寂と月あかり、虫の声が戻ってくる。
「あの光、見たでしょ?」
幸子が静かに俺に言った。
「国が設置した“解析装置”。若返り現象のデータを観測してるの。
逆コナン組みも、高校生組も、
あなたも、当然マークされてるわ」
「特にあなたは“バグ”だけど、彼らにとって、実験の核心なの」
マークされているのは、若返り組とバグの俺…
ん?高校生組?
なんだか、一体誰が若返りなのか?
幸子に聞こうと思ったけど、まぁそういうことか、
妙に納得する。
俺は夜空を見上げた。
風が冷たく、稲穂がざわめく音がした。
「青春ごっこに見えるけど、実際は国家の実験イベントのデータ収集なんだな」
「それでも、この過疎地の活動はやりきるのが私たちの役目よ」
幸子の横顔が、静かに輝いていた。
金色稲穂の風
―――焼きそばのソースの匂い。
そして、誰にも気づかれない青い光。
俺は胸の中でつぶやいた。
(俺の青春は終わらせない)