おっさん、青春はじめます。 第12話 〜 青春と誤解と国家の監視~
電車に揺られて2時間ちょっと。
車窓に広がる景色は、都市の喧騒から山間の静寂へと切り替わっていた。
空と太陽と山は綺麗なコントラストを描いている。
―のどかな風景。
65歳の俺――
見た目は若い――は、山あいの小さな町の駅で降りた。
その駅で降りたのは、俺と幸子だけ。
日曜日なのに車も走って無いし、人もみない。
駅前通りは整備されてはいるが、閑散として、歩道に草が生えている。
建物は駅前区画整理で昔風にワザと造ったのか、それとも本当に古びているか区別がつかない。
町の掲示板にはポスターが貼ってあり、
「若草町、蛍と蕎麦まつり」とある。
「はい、ここが実証フィールドです。モデル地区の若草町です!」
隣で幸子が観光ガイドみたいな声を出す。
「人いるの?限界集落?」
「だからこそリバース・イノベーションに最適なの!」
……なるほど、言い切ったな。
そういえば、体育館での集まりを思い出す。
「文化祭の準備」と称して同志が笑い合っていたが、
裏では赤いピンの刺さった地図が広がっていた。
赤いピンの町か?
――表は青春ごっこ、裏は国家計画。 その延長線上に、いま俺は立っている。
すこし、歩くと田園がみえてきた、電車の中から見た、―のどかな風景―
畑では若者たちが汗を流していた。
Tシャツのイケメンと麦わら帽子の女子―
―まるで青春ドラマのワンシーン。
……ただし中身は全員年寄りの「特例若返り対象者」だ。
こんな会話が飛んでくる。
「おい山本、この堆肥リン酸足りねぇぞ」
「佐藤さん、腰もっと曲げて! 身体は痛くないでしょ! 血圧も大丈夫!」
「そうかえ、なんだか身体が心配で・・・ 」
(……完全におっさんとおばさんだな)
見た目と中身のギャップで脳がバグる。
初任務は田植え。
渡されたのは作業着とカゴ… (腰につけて苗を入れる籠)
「いや俺、若返り前でも田植えしたことないわ」
「大丈夫、同期が教えてくれるから」
幸子が笑顔で教えてくれた方向には、
見た目イケメンの山本(戸籍82歳)と、美人な佐藤さん(戸籍77歳)。
田んぼに足を入れた瞬間――。
「うわっ、ずぶずぶ!」
山本がニヤリと笑った。
「兄ちゃん、腰落としすぎるとギックリくるぞ。若返ったからって調子に乗るな」
……兄ちゃんって。俺の方が年上だぞ。
(ありゃ、違うかも・・・まあいいか。)
泥まみれで必死に苗を植える俺。
苗を取るときにかごに手をのばす、
. .....背筋が伸びるのが実に気持ち良い。
やってるうちに、妙な充実感がわき上がってきた。
(なんだ?なんだ!これ!……田植え、楽しいじゃねえか)
そこへ地元らしい女子学生2人組が寄ってきた。
「お兄さんたち、こんにちはー!」
お兄さん……俺、君らのじいちゃん世代ですけど!?
声かけられた、嬉しい、しかも可愛いじゃん!
心臓ドキドキすぎてAEDが必要レベルかも
「地域おこし協力隊の人ですよね? かっこいい!」
「……え、えーと。はい。地域のために来ました」
見た目20代、中身65歳。 青春と誤解は紙一重だ。
胸が苦しいのは作業のせいか、それともトキメキのせいか。
夕方。
木造校舎で開かれた自治会の会合に出席する。
集まったのは地元の古老たち、役場職員、そして俺たち逆コナン組・・・。
(これも、本当の年齢は分からんな・・・昼の女子高生も、もしかしたら….)
その場に現れたのが
眼鏡に細身、見た目は20代後半の役場の佐伯という男だった。
彼が、集まった住民に、俺たちの方を指しながら、
「彼らは、地域おこし協力隊として最低2年間活動します。この町を豊かにできます。
なぜなら、若くて、人生経験は豊富という武器を持っているのです」
……不思議な説明だし、武器?
口調は冷たく、感情ゼロ。
「我々は一時的なイベントではなく、国家的なモデルケースを目指します」
有無を言わせぬ圧があり、不思議な説明に、自治会長も疑問があっても黙り込むしかなかった。
(あれだ……文化祭準備の青春ごっこかと思ったら、国家の実験場だったってオチか)
会合後。校舎の外で幸子が小声で告げる。
「佐伯は、実は彼も“逆コナン”なの」
「……は? あいつも同志?」
「ただし国側の立場で動いてる。だから冷たいのよ」
背筋がぞわぞわとした。
「俺たちの青春、完全に国に利用されてるじゃないか」
「そう。しかも若返ったら、逃げられない」
幸子は笑って、そしてさらに追い打ちをかける。
「彼らは年金制度にメスをいれるの、若返った老人に年金は不要、ってね」
(なに!ふざけんな……俺の青春、命がけどころか年金まで削られるのかよ)
夜空を見上げた。
田んぼの泥は温かかったけど、国の考えは冷たすぎる。
ポケットのスマホを取り出し、妻・博子にLINEを打つ。
《はじめての田植え楽しかった。また連絡する》
町おこしボランティアのバラ色の青春生活?は、どうも悪い方向へ向いているようだ。
青春と誤解と国の監視
――全部まとめて背負い込む。
俺は深く息を吐いた。
(……次は何をさせられるんだ? 文化祭? 林業? それとももっと過酷な?)
夜風は静かに、森の匂いを運んでいた。