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「だから、どうか幸せになってくれ」



その瞬間、視界の隅で不穏な動きを捉えた。

黒いマントをまとった男たちが、ルカに近づいていた。私は咄嗟に彼の手を強く握った。



「ルカレイン様!!」



だが、私の声は届かない。手も気がついたら離れていた。

暗闇の中、男たちがルカを囲み、彼を連れ去る。

ルカは抵抗すらしなかった。こうなることを予測していたように落ち着いたまま、魔法のような力で縛られ、広間の裏口へと消えた。

パニックになったせいで残念ながら衛兵を呼ぶという考えはすっぽり抜け落ちていた。

私はすぐに追いかけようとしたが、ドレスの裾が邪魔で思うように走れない。



「ルカぁ!!!」



広間に戻り、人混みをかき分けて進む。途中何度も人にぶつかりながら謝りながら走った。オシャレだと思っていたドレスもハイヒールも、セットした髪も何もかも邪魔だった。

裏口にたどり着いたとき、彼らの姿はすでに遠く、馬車に押し込まれるルカの黒髪だけが見えた。真っ暗なのにいつの間にか私は彼の黒を見分けられるようになったらしい。

必死に走ったが、人間の足では追いつけない。焦りと恐怖が胸を締め付けた。

ルカを失うかもしれない。

その思いが、私の心を突き動かした。


獣化の術を試みる。いつもなら自分のタイミングで操れず失敗し、中途半端な姿で終わる。



「お願いっ!!」



けど、やっぱり手を見ても人のもののまま。


「この出来損ない。お願いだから!あの人は私を助けてくれた。だから、今度は私が返さないと行けないの。それに、このまま婚約破棄されてなるものですか。私はずっと一緒がいい、これからもあの人の隣は私のものだ!!」


目を閉じ、もう一度力を込める。

自分を罵倒し叫ぶ。

すると、どんどん世界が大きくなった。いや、自分が小さくなった。手元には、四本の小さな足とふわふわの毛に覆われた。

完全な獣ではない。

だが、今はこれでいい。十分だ。

子犬の姿で、私は馬車の後を追った。

風を切り、路地を駆け抜ける。人間の姿では見えなかった匂いや音が、私を導いた。何度も建物や障害物にぶつかったがそんなの気にしていられるものか。そのまま走り続けた。

馬車は王都の外れ、森の奥深くへと向かっていた。

私は息を切らし、足を震わせながらも、ルカの匂いを追い続けた。

幸い血の匂いはまだ混じってない。


途中迷子になりながらも辿り着くことが出来た。

こんなところに廃墟となった教会があったなんて。まあ、ここがどこか分かってないんだけどね。

教会の廃墟の前には馬車が止まっている。ここで間違いない。



「くぅ!(うそ、血の匂いがする。しかもルカレイン様の匂い)」



急がないと。

子犬の姿で物音を立てないようそっと近づき、隙間から中を覗いた。

そこには、部屋の中央で縛られ床に転がされたルカレイン様がいた。子犬姿で良くなった視力によって血が流れているのが見える。

すぐに駆け寄りたい気持ちを抑えて状況の分析を続ける。黒いマントを羽織った人間が5人と金髪のルカレイン様に似た男、合計6人。髪を黒くして目を赤くしたらわりとかなりそっくり……あんな吊り目で性格悪そうではないけど。

見覚えはあるけれど……誰だっけ。



「ルカ、お前はいつも邪魔だった。私は第一王子だ。本来、将来の王になって当たり前の存在のはずだ」



自己紹介してくれたおかげで思い出せた。

男はこの国の第一王子ヴィクターだ。

彼はルカの兄でありながら、冷酷で権力に執着する男。ルカの魔力という才能を妬み、彼を排除しようとしていることを、宮廷の噂で聞いたことがある。



「だが、もう終わりだ。魔力が多いというだけで、私と対等な扱いを受けるなんておかしいとは思わんか。王になるのは私だ。これでお前と比べられることすらなくなる」


「……」



ヴィクターの声は冷たく、ルカの頬に手を伸ばした。

なんで、否定しないの?

だって、貴方は魔力だけが優れているんじゃないのに。そうだったらどれだけ良かったか。諦めるのだって簡単だったし、心が惹かれることもなかったのに。

ルカは顔を背け、静かに言った。



「ヴィクター、なぜだ? 俺は別に王の座を欲しがったことはない。お前と比べたことも。なのにどうしてひとりで苦しみもがいている」



「黙れ! お前のその清廉な態度は、俺を苛立たせるだけだ!影、早く殺れ」



ヴィクターの部下、影と呼ばれた黒い人がルカを押さえつけ、剣を抜いた。

もう我慢できない。

ルカを傷つけるなんて、許せない。

でも、この姿では足りない。

守れない。

もっと強い力が欲しい。

完全な獣になる必要があった。

ルカを守るため、自分のすべてを賭ける覚悟だった。心臓が激しく鼓動し、体の奥から熱が湧き上がる。そして叫んだ。


ルカ!!


実際は獣化している間は人語が話せないので吠えただけだ。その瞬間、私の体は大きく変化した。骨が軋み、筋肉が膨張し、鋭い爪と牙が生えた。完全な狼の姿になった。なれた。窓に写った姿は銀色の毛に覆われ、鋭い瞳。

それを一瞥し、咆哮を上げ、ヴィクターの部下に飛びかかった。足蹴にして体勢を崩させ、相手は頭を打ったようで気絶した。



「がう?(ルカ、ルカレイン様大丈夫?)」


「お前は……」



そっか、この姿じゃあいつもの子犬とは思わないわよね。あなたが可愛がってくれる子犬とはかけ離れて、ちょっと怖い見た目してるもんね。敵意はないから安心してね。



「リルか?」


「がるぅ!?(なんでわかるのよ!?)」


「そりゃ、目が同じだから。僕に対して怖がる素振りを見せない、そればかりか擦り寄ってくるあの子と同じだからな」



「なんだ!?この狼。ヴィクター様」


「いい。どっちみちこちらに牙を向いたなら粛清の対象だ」



影と第一王子のやり取りを聞いて、ルカレイン様との間に入る。殺らせるものか。



「困った。お前が来てしまったら、僕は死ぬのを延期しなくてはいけない」



後ろでルカレイン様が立ち上がる気配がした。

見ると自身を縛ってあった縄をブチブチと力だけでちぎっていく最中だった。



「お前、なぜ」


「そりゃ、こんな魔力阻害すら付与されていない普通の縄一つで、俺を制御できると思ってんならとんだ誤認だ。だから詰めが甘いと言われるんだよ」

「はぁ!?」


「この子は俺の愛しい子犬だ」


「子犬じゃねぇだろ!!」


「ガル!(激しく同意致します。もう子犬には見えないだろうし、第一はじめから狼です!)」



少し不満だったので、ヴィクターと一緒のタイミングで言い返した。



「俺が心配で来てしまったようだが、もう逃げろ。こんな人間が生きてたらあの子は幸せになれない」



そう言いながら頭をわしゃわしゃ撫でてくれる。あの日、雨の中私を拾ってくれた大きな手だ。

あの子……。それは私のことを言っているの?



「ヴィクター早く俺を殺せ。このままでは未練が出来そうだ)



そう言われて慌てたように第一王子は腰に提げていた剣を引き抜こうとする。



「グルル(させないわ)」



きっと慌てて周りが見えてなかったのだろう。激しい痛みが横腹に直撃した。第一王子の喉笛を噛みちぎろうとした瞬間、どうやら影に蹴られたようだ。



「グゥ〜(痛っ〜)」



か弱い女子になんてことしてくれるのよ。



「お前、自分が何をしたか分かっているんだろうな」



地を這うような低い声がルカレイン様が出す。これまで見たことないくらいの威圧で私も動けなくなってしまう。

次の瞬間、横腹を蹴った影の首が倒れている私の目の前に落ちてきた。

ヒィー、とか言ってられない。

殺るかやられるかだもんね。

ルカレイン様が魔力の塊をぶつけて首を落としたらしい。瞬きするほどの間に命が一つ消えるなんて。



「ひとりずつ相手するのも面倒だ」



そう言って彼は目を閉じた。

途端、暴風が吹く。

目を開けていられないほどで風が収まってやっと目を開けると、そこには大きな竜がいた。

黒曜石のような輝きを持つ鋭い鱗、ルビーのように煌めく瞳。



「がぅ?(ルカレイン様?)」


「……この姿の僕は怖いか?」



驚いた。どうやら龍の姿になっても人の言葉を話せるらしい。

不安そうに尋ねられ首を振った。



「がう?(なんで?全然怖くないわよ。貴方はとても綺麗だわ)」



伝わらないでしょうけど、いつかと同じ台詞を告げる。



「さて、ヴィクターどうする?」


「……」


「お前も金龍に獣化して戦うか、影に戦わせるか。どちらにせよ世界最強と謳われる黒竜相手に挑もうなんて賢明ではないと思うが。もちろん、リルを怪我させられて手加減する余裕などないと伝えておく」


「……」








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