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そんな日々を過ごして一週間ほど、身体に違和感があった。それは人型に戻る前特有の感覚だった。

ルカレイン様に何も伝えずにここを去るのは気が引けたが、伝える手段はなかった。

ごめんなさい。ありがとう。

心の中でお礼をして、部屋の窓から飛び降りて自宅に帰った。


王城から子爵邸が近かったのは救いだった。

城から徒歩で帰り自室に戻った途端人型に転変した。

自分の娘が一週間行方不明になっていても騒ぎが起こらなかったらしい。普段から娘のことを気にかけていない家族なので居なくなっても、生活に支障がないのだろう。ご飯も私が取りに行くことが多く、家族で食卓を囲むことは魔力なしと判明した幼い頃からしたことがない。


ぼふん、とベッドに倒れ込んだ。

慣れ親しんだはずの寝床は冷たく固く感じる。



「温かかったな……」



ここ一週間、寝るときは常に人の温もりがあった。寝台に入るときは抱き抱えられ、布団をかけてもらい頭を撫でてもらえる。



「結婚したら、またしてもらえる……なんてないよね」



こちらの姿の時に優しくしてもらえた記憶なんてない。たとえ好きと言ってもらえても、流石に小動物と人間を同じ扱いにしてもらうには無理がある。

だって、彼が私の頭を撫でてくれるところなんて想像もつかない。

あれは幸せな夢だった。

もう戻れない。




なんて、考えていた時代もありました。

なぜかどうしたことか、二重生活を始めている。人の姿のときは子爵令嬢としてルカレイン様とのお茶会をし、子狼の姿のときは彼の部屋で愛でられるという。

子狼になってもルカレイン様の部屋に入り浸るのは良くないかなって考えはもちろんよぎった。

だけど、居心地が良すぎたのだもの。

安心できる居場所にいるのと、彼の独り言を聞くのも、一緒に寝るのも、全部。

私が初めて戻ってきたときは少し驚いていたけれど、笑顔で迎え入れてくれた。



婚約者としてのルカレイン様も少しだけ変わった。以前まで必要なことしか話さなかったけれど、最近は相槌をしてくれるようになった。

話し下手な私の言葉にもちゃんと耳を傾けてくれる。基本、私ばかりが話してしまっているけれど。



「あそこのケーキ屋さんとても美味しくて。あと、その隣のジェラート屋さんも」


「そうなのか。甘いものが好物なのか?」


「そうかも。食べ物は全部好きよ」



人の姿って会話ができるし最高よね。



「あと、チーズが1番好きかな」


「あぁ、たしかに美味しそうに食べていたな」



私、この人とチーズ食べたことあったかしら。



「いや、間違えた。子犬だった」


「ルカレイン様?」



確かにそっちの姿でチーズを食べさせてもらったことがあった。同一人物だけど人と子犬を混同しないでほしい。それと、子犬ではなく狼なんだけどな。



「最近、リーネルによく似た子犬がよく遊びに来るんだ」



頬を染めて嬉しそうに語る。

それは、よく似てるんじゃなくて本人です。



「その子がとても美味しそうに食べていたんだ。そうだ、今日のおやつにオススメしたいお店がある」


「どんなお店ですか?」


「チーズパンケーキ屋だ」



すごい。名前だけでこれほど興味のそそられるなんて。

チーズもパンケーキもどちらも好物だ。しかし、その二つが組み合わさった味はどうにも予想できない。



「ふかふかのパンケーキに熱々のチーズをかけて、バターと蜂蜜をかけるんだけど、とても美味しかった。行かないかい?」


「行きます!食べたいです!!」


「決まりだな」



あれ。今日はなんだか話やすいかも。

子狼のときと同じくらいよく喋りかけてくれるから、会話してて楽しいな。



「ルカレイン様……」



ふと彼がある店の前で足を止めた。

気になる品でもあったのだろうか。

その店はウィッグや独特な衣装を売る、隣国で流行っているらしい物語の登場人物になりきるための店だった。

その店頭に置いてあった金のウィッグが目に止まったらしい。



「ねえ、この色似合うと思わない?」


そのウィッグを急に被って感想を求めてきた。


「確かに、似合っています」



それは金色だから似合っているのではなく、顔が整っているからこそだ。きっと、何色でも似合う。



「これ、買おうかな。そしたら君は」


「ダメです!!」



しまった。会話を遮るのは貴族としてしてはいけないことだった。



「失礼しました。ですが、ルカレイン様に1番似合うのはその色ではないと……」


「ふーん?じゃあ、どの色がいい?」



試すような視線をこちらに向けられる。

だから、今被っているウィッグに手を伸ばした。そして、そっと外す。



「黒です」


「それは……」


「ルカレイン様はそのままが良いです」



まっすぐ目を見て言い切る。



「君だって、この色が……俺が怖いだろう?髪の色は魔力の強さに直結している。つまり、魔力が膨大でこの王都を壊すだけの力を持っているということだ。おまけに目だって血の色だ」



驚いた。

まさかそんなように自分のことを思っているなんて。

髪も瞳もとても綺麗で、彼のために用意されたように彼の美貌を引き立てているというのに。何より魔力を持たない物として羨ましい限りなのだ。



「怖くなんて……」


「無理しなくていい」



その声はとても静かなのに拒絶に近いものだった。



「これまでずっと周りに言われてきたことだ。それに、リーネルだってはじめは俺と会話することも恐れていただろう」



「それは、ただの人見知りです」



家族にすら蔑まれた娘と友達になろうなんて奇天烈な人間と出会わなかったから。彼だからではなく会話自体がおぼつかなかった。



「……いや、すまなかった。今の自分、すごく面倒くさいことをしているな」



そして、私をエスコートして店から離れるように歩き始めた。

その表情からはもう何も伝わってこなかった。

いつものように浮かべているはずの笑みは、どこか白々しさを感じた。



「私はあなたの姿も人柄も好ましく思ってます。ですから、変えてしまおうなどと考えないでくださいね」



多分、この気持ちは伝わらないだろう。

けれど、言っておかなければと思った。

そうしなければ……そうしたとしても彼がどこか手の届かない場所に行ってしまうような気がして。



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