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その日から、私はルカレイン様のの部屋で過ごすことになった。獣化の制御をして人型に戻れないだろうかと試みたが、獣化を解くことができなかった。
やはり自力で戻ることは不可能か。
戻る直前には身体がムズムズするという前兆があるので、それまではここに居させてもらおう。
仕方ないと言い聞かせた。子犬の姿のまま、ルカの世話を受ける日々が続いた。
だって、この優しい彼はリーネルの時には見ることが叶わないのだもの。
意外にも、丁寧に面倒を見てくれた。王族だから途中でメイドなり従者なりに託すかと考えたのは杞憂だったようだ。
朝は一緒に朝食を食べ、昼間は城の庭で散歩させ、彼が執務をする時はその部屋の隅でお昼寝をして、夜は寝台に共に入り数日を過ごした。
そうして、生活を一緒にして時折ルカレイン様がが自分の知らない話をぽつぽつと語るのを聞くのが好きだった。
クロワッサンが好きなこと。
魔力が高すぎるが故に周囲と距離を取られていること。
よく城下に降りて悪事を企んだ人間を粛正していること。
庭にあるリンゴの木がお気に入りなこと。
図書室の本は全て読んだこと。
そして──────。
婚約者、つまり私のこと。
「可愛いんだ。可愛すぎるんだ」
「!??」
急にどうしたんだって突っ込みたかった。言葉を話せたなら間違いなく突っ込みを入れていた。だって、あなたそんなこと一言もリーネルには言ったことないじゃない。
「なのに、本人を前にすると何も言えないんだ。だって、嫌われ者の俺に褒められても嬉しくなんてないはずだ」
この人結構自己肯定感低いのよね。
あと、彼は子犬の姿で話しかける時の一人称は『僕』なのに、外ではリーネルを含めて『俺』を使う。
多分、自己防衛の一種なんだろう。
外で強い自分を演じることで弱い自分を見せないようにして守る。そんなことが前に読んだ本に書いてあった。
「彼女はとても君に似ているんだ。タンポポのように白くて柔らかな髪で、ブルートパーズのような澄んだ瞳をしている」
あの魔力なしの証である髪をそんな風に褒めてくれるのか。
嬉しい。が、面と向かって褒められるのは恥ずかしさしかない。
こんな感じで日に一度は惚気話、私のことについて語り始めるのだ。
ほんとにどういう気持ちで聞くのが正解なの?
「この姿が嫌だと言われたらどうしよう」
「くぅ!!(なんでよ!そんなことあるわけないわ)」
羨ましいくらいの美貌を持っているのに何を言い出すのか。
「髪を脱色でもしようか。それと瞳も魔法で変えてしまえばなんとか……」
「わん!!!(駄目よ!!そのままで十二分に素敵なのに、手を加えても美しいでしょうけど、そのままが1番なのだから)」
伝わらないだろうけど必死に否定しておいた。
私のためにその美しい色を変えてしまう?そんなことあっていいはずがない。
「いつか好いてもらえるといいな」
どうやらこちらが本音らしい。
まったく、リーネルにもそう言ってくれれば良かったのに、分かりにくいお方だ。
彼女はルカの膝にそっと鼻先を寄せ、慰めるように小さな声で「くぅん」と鳴いた。
ルカはリーネルを見下ろし、ふっと笑った。
「お前、ほんと不思議なやつだな。まるで、俺の話が分かってるみたいだ」
彼の手に頭を撫でられて思わず目を細めた。
私、ちゃんとあなたの話、聞いているわ。
この姿ではあるけれど、ずっと距離を感じていたルカレイン様の心に少しだけ近づけた気がした。