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次に目を覚ましたとき、暖かい空気が気持ちよかった。どうやらシャワー室に連れてこられたようだ。
「さて、どうするか」
「くぅ」
「あぁ、目が覚めたか」
その声に顔を上げて驚いた。そりゃ聞き覚えあるよね。だって……
「僕はルカレイン」
婚約者様だもの。
どうしよう。
色々説明しないといけないんだろうけど、この姿だと言葉が通じないし、かといって元の姿に戻ろうにも数日は戻れないし。
「君がずぶ濡れで倒れていたから拾った。もし出ていきたくなったら自由にすればいい」
そしてそっと床に置かれた。
「とりあえず、お湯に入れてやるか。泥だらけだ」
ルカレイン様はそう言うと、リーネルを抱えたまま浴室へと向かった。
今気づいたけど、この人も裸じゃないか。いや、腰にタオル巻いてはいるけど、ま、待って、ルカレイン様!!子犬だけどリーネルなのよ!?
私の抗議は「くぅん」という声にしかならなかった。
ルカレイン様は大きな桶にぬるま湯を張り、リーネルをそっと入れた。
「暴れるなよ。汚いままでは部屋が汚れてしまう」
彼はそう言いながら、大きな手でリーネルの背中を優しく洗い始めた。リーネルは最初こそじたばたしたが、彼の手があまりにも丁寧で、だんだんと抵抗する気を失った。
……気持ちいい、かも。
「本当ならメイドに洗ってもらうのが1番いいのだろうが。彼女たちは僕に近づけないから」
「くぅ?」
「魔力に当てられて酔ってしまうんだ。吐き気や目眩、酷い時で過呼吸。子犬、お前がそうならないのが不思議なだけで、普通は異常をきたすんだからな」
へぇ、そうなんだ。
お茶会のときも夜会のときもそんなことなったことないけどな。
あと、子犬じゃない。狼よ。
「例外は君と僕の婚約者だけだ。あとは家族も例外じゃなくて多少は緩和されるけど症状は出る。だから近づけないんだ」
それは、なんか寂しいだろうな。
温かいお湯と、指先が毛の間を滑る感触に、リーネルは目を細めた。彼は無言で洗い続け、ある時「ふむ」と小さくつぶやいた。
「随分大人しいな。お前、ほんとに野良犬か?首輪をしていなかったから勝手にそう判断していたが」
その声には、ほんの少しだけ笑みが混じっていた。リーネルは心の中で叫んだ。
「くぅ!(野良犬じゃないわ! あなたの婚約者よ!そして、狼!!)」
だが、彼はそんなリーネルの内心を知る由もなく、彼女をタオルで丁寧に拭き上げた。
その後、彼はリーネルを自室に連れて行き、「ここで寝ろ」と寝台に優しく置いてくれた。そう言うと、自分も寝台に登り、寝転んで私の頭を軽く撫でた。
その感触に、思わず尻尾を振ってしまう。
私は狼。誇りを持ちなさい。
ここ、もしかしなくともルカレイン様の寝台?
一緒に寝ても大丈夫なの??
結婚するまでは一緒に夜を過ごしてはいけないみたいな暗黙の了解があったと記憶しているけど、そういえば今は人の姿ではなかったわね。
「子犬……呼び名がないのは不便だな。リルと呼んでも良いか?綿毛という意味だ」
「くぅ(なんでもいいよ。とりあえず眠いの)」
と、眠過ぎて考えることを放棄してしまった。
リルか。リーネルと響きが近いわね。と考えはよぎったけど、眠気には抗えなかった。
ルカレイン様の寝台はふかふかしていて気持ち良かったのだから仕方ない。
「今日は疲れただろう。ゆっくりおやすみ」
翌朝、朝日で目覚めた私はルカの寝息を聞いていた。
普段の彼は、いつも冷たくどこか素っ気なさを感じる存在だった。
だが、昨日のルカは違った。子犬…子狼の自分に対する彼の態度は、まるで別人のように優しかった。
ルカレイン様って、こんな一面もあったのね……。
リーネルは毛布に鼻先を埋め、そっとルカの寝顔を見上げた。眩しい朝日が彼の顔を照らし、普段の鋭い表情が少しだけ和らいでいた。 しばらく眺めていると彼は身じろぎした。
「……おはよう。リル」
そして、支度を終えた後、抱き上げられ食堂へと連れて行かれた。そこには、朝食が用意されていた。パンとスープ、チーズに果物。王族のご飯にしてはシンプルだが、それらの香りが鼻をくすぐった。そういえば、昨日の朝から何も食べていない。
「お前も何か食うか?」
そう言うと、パンを小さくちぎって目の前に差し出してくる。
これは他意はないはず。ただ、文字通り小動物に餌付けしようとしているだけなのだ。一瞬躊躇したが、空腹には勝てずぱくっと口に入れた。
おいしい…!
さすが王宮のパンは最高級の味がする。
思わず尻尾を振ってしまい、小さく笑うのが聞こえた。
「気に入ったか」
「きゃん!(ええ、とても!)」
彼は自分の食事を始めた。もちろん、時折サラダやパンを小さく千切って私にご飯をくれるのも忘れない。
「チーズも食べるか?」
差し出されてすぐに食べる。
チーズは大好物だ。この世で最も好きと言っても過言ではない。
うん!やっぱり最高級品だわ。風味が優しい!!
にしても、食べ物を食べる仕草も、千切ってこちらに差し出すのも、所作がどれも清廉されたものだ。
夜会などで隣にいてたくさん見てきたはずなのに、どういうわけか今の方が良く見えるのはなぜだろう。
「可愛いな」
そして撫でられ笑顔を向けられる。
ルカレイン様って、こんな風に笑うんだ…。
人として会う私の前では、常に無表情なのに。婚約者として会うとき、いつも事務的だった。必要な会話しかしないし、リーネルが何か話しかけても、短く答えるだけだ。なのに、今、子犬の自分に対しては、こんなにも自然に接してくれる。




