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あれから5年。

特に進展はなかった。

ひと月に一度だけ義務的なお茶会をして、夜会があれば参加する。

それだけ。それ以外に会うことはなく、贈り物も社交辞令の褒め言葉しか貰ったことがない。それが贈り物というのかは置いておくとして。

逆にこちらに求められるものもなかった。

貴族の結婚なんてそんなもの。愛がないのにそれを装えと言われなかっただけ救いがある。



「うーん」



現在、私は市場を頭を抱えて歩きながら唸っていた。別に人生を憂いていたのではない。

勉強をひと通り終えたので気分転換に買い物へ来ていたのだが、待たせていた馬車が居なくなっていたのだ。



「これは、置いていかれたわね」



馬車は伯爵家で雇っている御者に運転させていたのだが、なにぶん出来損ない令嬢なもので伯爵家に仕えている人に意地悪されることがしょっちゅうあるのだ。

何をしてもお父様もお母様も処罰しないから、いいストレス発散の的になるのでしょうね。



「困ったわ。買い物する分のお金しか持ってきてないから辻馬車にも乗れないし……」



お金を入れた袋の中を見てみるも銅貨が3枚だけ。

これでは家まで半分も、いやひと駅分すら帰れない。

まあ、夜通し歩けばなんとかならない距離でもない!!

よしっ!と意気込んだまでは良かった。だが、その瞬間身体が縮み始めた。

嘘でしょ!?こんなときに獣化してしまうの?

今まで獣化しても、家の中か馬車のいる時だった。こんな、外でしかも馬車がいなくなってしまった最悪の条件でなることなんてなかったのに。


てか、なんでこの状況を想定してなかったんだろ。んなことはどうでもいい。

とりあえず荷物(刺繍糸とか勉強に使うノートとか)は持てそうにないので放置させて貰うとして、どうやって帰ろう。

焦ってとりあえず近くにあった焼き肉屋の店主に救いを求めてみた。



「くうーん。わん(すみません。助けてくれませんか?帰れなくなってしまって)」


「わっ!なんだ犬っころかよ。こんなとこ入ってくんじゃねえ。なんもエサなんてやらんぞ?」


「きゃん!(違うわ!ご飯が欲しいのではなくて……確かにお腹は空いてるけど、そうじゃないのよ)」


「さぁ、出てった出てった。おめぇの毛が入っちゃ敵わんからな」



伝えようとしがみついてみたりして頑張ったのだが、最後には箒で追い払われてしまった。

ひどい。が、まだマシか。足蹴にされなかっただけ。



(来週には成人するってのに何故まだ子犬みたいな姿にしかなれないのよ……)



本来、獣人は人の姿で立てるようになる頃には成獣の姿が取れるようになるはずなんだけどな。



その後も色んな人に救いを求めてみたが、結局どこも同じような結果だった。

ダメ押しで遊んでいた子供の所にもいったが、撫でられまくって触られまくった挙句、背に乗られそうになったので全力で走って逃げてきた。

ちなみにそのときに方向を見失ったせいで迷子になり、角を曲がるときに石につまずいて勢いよく転けて足をくじいてしまった。


遠くでカラスが鳴いている。

もう夕暮れだ。

カラスですら巣に帰れるのに……。

雨も降ってきたが一歩も動けそうになかった。頭に落ちてきた雫が、頬をつたっていく。体温が下がってきたのかすごく眠かった。

ダメよ……ついこの間読んだ本に、こういう時に寝たらだいたい低体温症で死んでしまうって書いてあったもの。

けど、すごく眠い。



「なんで、こんなところに子犬が?」



どこかで誰かが何か言ってる。

聞き覚えのあるような気がするけれど、目が開かない。



「お前もひとりぼっちなのか…」



ひとりぼっち……。

うん、そうかも。

使用人に意地悪されても放置する両親。きっと、数日くらい帰ってこなくても探すことはしない。

ひと月に一度義務的に会う婚約者だって、仕方なく婚約しているだけなのだろう。

友達なんてものはできたことすらない。



「触るぞ」



何も返事できない動物に向かって話しかけてくれるなんて優しいのね。

そして、落ち着く声。

声の主は冷たい手で、けれどそっと抱き上げてくれた。

いい匂い。どこかで嗅いだことがあったような。



「抱いてからですまないが、気持ち悪くなったりしないだろうか?僕は魔力が多すぎるから近寄るだけで酔ってしまう人が大半なのだけど……動物も酔うのだろうか」



全然大丈夫よ。

声も匂いも、ひんやりとした手すら全部が安心できるの。なぜなのかしら。

目は開けられないから代わりにしがみついてみせた。



「くぅ……」


「問題なさそうだな。なら、僕とおいで。暖かい寝場所を用意しよう。もちろん、出ていきたくなったらいつでも自由にしていい」



気持ち悪くなんてならないからそのまま手放さないで。

もう、安心ね。

大きな手に撫でられるのが気持ちよくて、私は今度こそ意識を手放してしまった。


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