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初めて自分の婚約者、ルカレイン・ヴァレンタインに合った時のことをよく覚えている。漆黒の髪を持つ彼は、ワインのように真っ赤な瞳でこちらを、頭二つ分高い位置からじっと見つめていた。
きっと、彼は不相応な婚約者を宛てがわれたと考えていたのだろう。
「初めまして。リーネル・アルストリカと申します。狼獣人で伯爵家の長女でございます」
この国の挨拶の定型で自己紹介をした。
少し声が震えたのは許して欲しい。
なぜなら、社交界で私なんかに話しかける人はおらず挨拶なんてするのは家庭教師に習って以来なのだ。
《出来損ない令嬢》なんてあだ名を持つ私に挨拶をしようなんて考える人なんていなかったのだから。
「ああ、俺はルカレイン・ヴァレンシュタイン。竜の獣人だ」
それでも、こんな私にでも婚約前の顔合わせに訪れた殿下は挨拶をちゃんと返してくれた。それが嬉しくて、淑女としてのマナーを忘れ思い切り忘れて笑顔になってしまった。
家格を言わなかったのは私を軽んじてのことでは無い。ただ、ヴァレンタインの名は王族にしか用いられないことて有名であえて言わなくても伝わるからだ。
「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします」
「っ……嗚呼」
何故か顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
怒らせてしまったのだろう。やはり、私なんかが「末永く」なんて失礼なことを口にするのではなかった。
ルカレイン様はこの国の王族、第二王子。
息を呑むほどの美貌を兼ね備えていた。濡羽の髪、ルビーの瞳、まるで絵画から抜け出したようなその姿に、私の心は一瞬で奪われた。きっと彼を見た人なら同じような感想を持つに違いない。だが同時に、彼のような高貴な存在は私のような不完全な者に釣り合わないとも思った。
真っ黒な髪をしていることからこの国でもトップレベルの魔力持ちであることが分かる。
魔力が濃いと髪の色も比例して濃くなるから。
対して私は真っ白な髪。
それだけなら家族もそうであるのでまだ良かったのだが、残念ながら私は獣化の能力すらコントロールできていない。勝手に獣化し、しかも狼獣人の家系であるはずなのに子犬のような姿になってしまうのだから。
おかげで、社交界では出来損ない令嬢と呼ばれる始末だ。
そして、この国は魔力至上主義である。
事実、婚約適齢期と呼ばれる期間を過ぎた15歳の今まで求婚してくる人はルカレイン様以外にいたことはない。
獣化も満足にできないのに魔力を持たない。
こんな令嬢と婚約してルカレイン様はどうしたいのだろう?
政略結婚、あるいは何かしらの訳アリか。
どっちにしても、婚約してくれるなら喜ばしいことはない。