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────この国には千年続くおとぎ話がある。
獣化が上手くできなかった女の子が王子さまに出会い幸せにしてもらえる物語が。
でも、そんなのが現実には起こらないってことを私はとっくに知ってる。
転変の夜、それはその年10歳になった獣人が初めて獣の性を解放する日。獣の姿になる日とされている。とはいっても通常の獣人はその歳で既に成獣の姿になれるとされている。
同い年の獣人はみんな意気揚々と舞台の上に立って水晶を触り転変を披露していく。当たり前だ。この場所では力を解放するのが初めてなだけで、体内に眠る力を感じ取ることはできているのだから。
しかし、ひとりだけそうではなかった。
決して家族の前に出ず、隠れるようにして立っていた。震える手を握りしめて。
月が空に輝いている。
ちなみに水晶は、まだ獣化が安定していない子供でも転変しやすいように。おかげで転変自体は私でも出来るだろう。
「大丈夫だ、リーネル」
父は俯いた私の手を引いて前へ、舞台の方へ向かわせようとする。
「だって……」
「何を心配している。月夜は魔力が高まるので獣化に最適とされているのだ」
息を呑んだのは自信がついたからではない。
ただ、家の中とは違う態度が怖かった。いつもは、罵倒や愚痴ばかりだから。
「まぁ、魔力がないお前には関係ないかもしれんが、月がないより少しはマシだろう」
口は悪いけれどがなり立てられないだけいい。
けど、魔力か。
獣人なら少なからずあるとされるそれを私は全く持ち合わせていない。少ないのではなく、少しも欠片もない。
「はぁ……」
誰にもバレないようそっとため息をついた。
一族の者たちが次々と獣の姿に変身していく。狼、狐、鷹…それぞれが力強く、美しい姿で夜を彩った。
さっきの狼、鋼色の毛並みが月光を反射していてとても綺麗だった。転変できたらあんな感じなのかな。同じ狼の獣人だものね。
私は自分の番が来るのを恐れていた。獣化の術を試みても、私の体はいつも中途半端な形で止まり、羞恥だけが残るのだ。
「リーネル、行くわよ」
母の冷たい声が響いた。
その声だけで、期待などしていないと言われたようで身体がすくむ。
私は息を呑み、意を決して広場の中心に進み出た。月を見上げ、力を込める。
皮膚がうごめき、骨が軋むような感覚が襲う。
そして暫くたってみんなの顔を見た時あきらめから失笑してしまった。絶望、嘲笑、軽蔑、魔力なしと判明したときと同じだ。
やはり狼の姿にはなれなかったようだ。子犬のような不完全な姿で私は地面に崩れ落ちた。一度似た状況を経験しているからか涙は出ない。
観衆から嘲笑が漏れ、父の失望した視線が突き刺さる。
「やはり失敗か。役立ずめ」
父の言葉が耳に残り、私は涙を堪えた。
その夜、どうやって家に帰ったかは覚えていない。
ただ、出来損ないと蔑まれ同じ馬車に乗せてもらえなかったのは覚えている。そして、転変を自由にできない自分が、人の姿に戻れず屋敷に戻ってからも一週間はそのまま過ごしたことも。
「獣にはこれで十分」と固いパンと水という、到底貴族の令嬢が食べるようなものではない粗末な食べ物を渡されたことも。
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