お父さんの運動会
隆は運動会が嫌いだった。
あまり得意とは言えないかけっこや球技を公に執り行うことも
皆と協調を強要される綱引きや大縄跳び
ダンス披露なんて何の罰ゲームなんだと思っていた。
それにも増して隆が嫌いだったのは、運動会かける親の異様な熱気だった。
下手をすれば僕たちを飲み込みかねない熱気、大人にもなって何を必死になっているのだろう?
父兄参加の競技なんているのだろうか、自分はこの人の子供なんだと強く実感しただけだ。
正直出ないで欲しかった。
ビデオカメラを持って必死に汗だくになって自分を撮っている父親の姿には失望を禁じ得なかった。声をかけるな名前を呼ぶな。自分はああはなるまいと心に誓った。
そして時は流れ、隆は人の親になった・・・三〇〇〇グラムの元気な女の子。正直こんなに可愛いとは思わなかった。こんなに満たされた気持ちになるなんて思いもしなかった。
この子は自分とは違ってまっすぐ育ってほしいと思い真菜と名付けた。
真菜はすくすく育った。日々変わっていく真菜
幸せだった。
大人になったらパパと結婚するなんて言葉がこんなにも嬉しいだなんて
パパ知らなかったよ。
過ぎていく時は早く、いよいよ真菜の初めての運動会の日になった。
隆はビデオカメラで愛娘を撮っていた。
今になってようやく父親の気持ちが分かるような気がした
少し父親を許してもいいような気がした。
思い出される父親の姿
どれだけ恥ずかしいとカッコ悪いと思ったか
今の自分はどうなのだろうか
真菜の目にはどう映っているのだろうか
真菜に失望などされたくなかった。
撮るのを止めていると、嫁に怒られた。
真菜の初めて運動会なのにと
まごまごしている俺からカメラを奪って嫁は熱気の中に消えて行った。
それからも嫁はことあるごとに娘をカメラに収めた。
小学校の入学式はもちろん海水浴やちょっとした買い物まで多種多様だ。
見ていると授業参観の風景まであった。
嫁がこれを撮影している姿を想像するとぞっとした。
隆は思い切って嫁に言った
「もう真菜は撮るな、運動会はまだしも授業参観まで撮るなんてどうかしている今はいいだろうが真菜が大きくなったらきっと嫌がる。もしかしたらイジメに発展するかもしれない」
隆は真菜に自分と同じ思いをしてほしくなかった。
嫁はあなたの為よと言った。
「それならばなおのこと止めてくれ俺はもともとこういうのが嫌いなんだ・・・俺は父親にカメラ越しじゃなくてちゃんと見てもらいたかった。俺じゃなくてカメラで撮ることに必死の父親が嫌いだった。思い出は心に留めとくものだよ。今の真菜をちゃんと見てあげよう」嫁は分かってくれた、あなたがそう言うなら止めるわ、そう言ってくれた。
そこからの日々は、写真も動画も撮らなかった。
運動会でも真菜を心から応援した。
そうだ、これこそ本来あるべき姿だ。思い出を作るのにカメラなんて必要ないのだ。
今まさに必死にカメラを回している親たちを見て思った、自分の子供が嫌がってるとは考えないんだろうか・・・映像の今は残せても本当の今はここにしかないのに。
隆はこの時、今の真菜とちゃんと向き合う生き方を貫こうと決めた。
真菜は16歳なった。
「こいつと一緒に洗濯しないで臭いから」
「あぁウザい、私に関わろうとしないで、キモイ」
隆は自分でもいつの間にか押入をあさってビデオテープを取り出していた。
それを再生しながら思った何故自分は撮るのを止めようと嫁に言ってしまったのだろう、運動会もあの授業参観の映像も・・・こんなにも・・・もっともっと撮っておけば・・・・・・
そうか運動会はお父さんの為にあったんだ。
嫁は真菜と楽し気に買い物に出かけていった・・・たかしは一人映像の真菜を見て泣いていた。