【第八十一話】灰の山脈へ
翌朝、薄明かりの中でリクたちは焚き火の後始末を終えた。
空はどこまでも灰色で、遠くの稜線には霧がかかっている。草原の終わりは静かで、まるで大きな境界線を越える前の“黙礼”のようだった。
「……さて。いよいよ、山だね」
ミナが小さく息を吐いた。
「うん。ここからは上り道。魔素の密度も変わってくる。気温はもっと下がるだろうから、気を引き締めて行こう」
リクはそう言いながら地図を確認し、風の記憶で得た情報を頭の中で重ねた。
〈灰の山脈〉の内部には、古い鉱道や観測施設跡のような構造物が散見されるらしい。だが、それらがまだ“残っている”とは限らない。
「……目指すのは、地図の記された“灰の裂谷”。ただの地形名か、あるいは――」
「魔源体に関係ある場所、かも」
メイが静かに言葉を継ぐ。
彼女はこの道中、いつも以上に無言だったが、顔を上げた時の目だけは鋭く、何かを探っているようだった。
登山道に差し掛かると、地形は一変した。
草はまばらになり、岩と土がむき出しになる。踏みしめる足元から、かすかに鉄と硫黄のような匂いが立ち昇っていた。
「……火山性の地盤かな。魔素の流れも、ちょっと荒れてる」
リクが魔素流を感知しながら進む。山の内側では、魔力は常に流動していて、場所によっては制御しきれない乱流が発生する。そこに足を踏み入れれば、最悪、術式の暴走に繋がることもある。
「メイ、どう?」
「安定範囲、まだ維持可能。でも、注意必要。深部に進むほど環境変化が急激になる」
リクは小さく頷いた。
空はさらに暗く、霧の層が低く垂れている。太陽の位置さえ曖昧で、まるで時間の感覚が失われていくようだった。
そんな中、ミナがふと足を止めた。
「……ねぇ、あれ。見える?」
霧の向こうに、岩肌に張り付くような“建物”の輪郭が浮かび上がっていた。
かつての監視塔か、廃れた観測拠点か。少なくとも、人工物であることは間違いなかった。
リクは一歩前へ進み、《解析:構造素性》《感知:残留魔素》を発動する。
「……これ、百年以上前の建築だ。かなり崩れてるけど、地下に通じる道があるかも」
「何か、痕跡が残ってるといいけど……」
ミナがそっと呟いた。
「――気をつけて。……ここ、“記憶”が濃い」
メイの言葉に、リクも思わず息を呑んだ。
確かに、この建物の周囲には微細な魔素残滓――それも、強い“想念”を含んだものが漂っていた。怒り、恐怖、そして断絶。
まるでここで、“何かが終わった”かのような痕跡。
リクは深く呼吸を整え、地下への入口を見つめた。
「……行ってみよう。何があった場所なのか、知る必要がある」
ミナとメイも、無言でうなずいた。
そして三人は、灰の山の裂け目へと――足を踏み入れていった。




