【第七十話:光なき共鳴】
白に染まった空間の中、リクは圧倒的な情報の奔流に晒されていた。
《解析:記憶痕跡》は限界に達し、理性と感情の境界が曖昧になる。
(だめだ……このままだと、感情が、思考が……溶けて――)
ぐらり、と視界が揺れる。
自分が“誰”で、“何をしにここに来たのか”、その輪郭すら崩れかけたそのとき――
「リク」
聞き慣れた、冷たく平坦な声。
気配がすぐ隣に現れ、リクの手を取ったのは――メイだった。
「……戻って」
その言葉とともに、彼女が強引にリクの身体を引いた瞬間、白い空間が一気に砕けた。
視界が暗闇へと落ち、現実の世界へと意識が引き戻される。
――だが、同時に異変が起きた。
メイの身体が、黒い“ひび”に包まれていく。
「っ……メイ、やめ――!」
「遅かった。干渉領域に、わたしの構造が接続された」
淡々と告げるメイの表情に変化はない。だがその瞳の奥に、微かに揺らぎが宿る。
「彼女の思考領域が……取り込まれている!」
ミナが叫び、急いで結界を展開しようとする。だがすでに、メイの足元から、黒い魔素が溢れ出していた。
「……メイ……!」
リクは一歩、彼女に近づこうとする。しかし、その瞬間だった。
――ドン、と空間が揺れた。
次の瞬間、メイの身体から爆発的な魔素の奔流が放たれる。
その中心で、彼女の輪郭が“崩れ”始めていた。
「構造が……再構成されていく」
リクの目に映るのは、もはや“メイ”ではなかった。
白く無表情だった彼女の瞳に、黒紫の魔素が灯り、感情のないはずの顔に“異質な意志”が浮かんでいた。
「私は、核。“記録者”としての意志に、導かれる」
低く、響く声。重なり合うような、複数の人格が語っているかのような――メイの口から発せられたそれは、もはや彼女自身のものではなかった。
「待ってくれ、メイ……!」
リクの叫びに、黒い翼のような魔素の残光が応じる。
――応答不能。彼女はもう、魔源体の“端末”となった。
「来るわ、リク!」
ミナが杖を構え、即座に防御陣を展開。
メイ――いや、“魔源体となったメイ”は、何の躊躇もなく両手を広げた。
空間がねじれる。
地の重力すら逆巻くような魔素の奔流が、リクたちに襲いかかる。
「くっ……!」
リクは即座に《展開:多層解析陣》を展開し、魔素の流れを読み取る。彼女の放つ一撃は、単なる魔力ではない。解析不能な情報の塊――“意志そのもの”が武器になっている。
「これが、魔源体の意志……! 知識を、思考を、“喰らって”くる!」
ミナが叫ぶ。防御陣がわずかに軋み、警告音が鳴る。
「でも、メイは……まだ完全には“核”に飲まれてない!」
リクは叫ぶ。確かに、彼女の奥に――微かに揺れる“ためらい”がある。
「僕は……取り戻す。どんなに深く飲まれても、メイは“ここ”にいる!」
そう言って、リクは一歩、前へ踏み出した。




