【第七話】初めての戦い
防壁の向こう、暗闇の中で──何かが動いた。
草を踏みしめる音。
獣の低い唸り声。
そして、肌に刺さるような魔力の気配。
俺は小さなナイフを握りしめ、防壁の陰に身を潜めた。
(落ち着け、リク……冷静に、状況を見ろ)
現世で培った冷静な判断力だけが、今の俺を支えていた。
◆ ◆ ◆
「来るぞ!」
ガルドが叫んだ。
次の瞬間、黒い影が防壁に突進してきた。
ゴン! と、鈍い音。
防壁は軋みながらも耐えたが、丸太の隙間から、黄色く光る瞳がこちらを睨んでいる。
(あれが──ダスクウルフ!)
中型犬ほどの大きさ。
だが、毛並みはボロボロに逆立ち、口からは黒い煙のようなものを吐き出している。
正常な生き物とは思えなかった。
周囲では、村の男たちが槍や弓を手に、防壁越しに応戦の準備をしている。
「リク、弓使えるか!?」
ガルドが叫ぶ。
「少しだけなら!」
「よし、ここだ!」
彼が渡してきたのは、簡素な短弓と、木製の矢だった。
弓術など習ったことはないが、今は下手でも構わない。
(……狙え)
ギリ、と弦を引き、黒い影に向かって放つ。
──スカッ。
矢は、大きく逸れて地面に突き刺さった。
(クソッ……)
しかし、俺の矢に反応したダスクウルフが、わずかに動きを止めた。
それを見逃さず、ガルドが防壁越しに斧を投げつける。
ガツンッ!
鈍い音と共に、斧の刃が魔獣の肩に突き刺さった。
「グァアアアッ!!」
獣は絶叫し、森へと跳ねるように後退した。
◆ ◆ ◆
「追うぞ! 逃がすな!」
ガルドの号令で、数人の男たちが防壁の外へ飛び出す。
俺も、震える足を動かし、彼らの後を追った。
(怖い。でも──ここで何もしなかったら、絶対に後悔する)
暗い森の中を、松明の明かりが揺れる。
傷を負ったダスクウルフは、あちこちに黒い液体のような血を撒き散らしながら逃げていた。
「リク、あそこだ!」
ガルドが叫ぶ。
見ると、倒れた倒木の陰に、ダスクウルフが隠れようとしていた。
(……今だ!)
俺は短剣を握り、息を整える。
そして、突っ込んだ。
「うおおおッ!」
吠えるように叫びながら、短剣を突き出す。
魔獣も気づいて牙を剥いたが、すでに深手を負っていた。
抵抗は弱々しく、俺の剣先が確かにその体を貫いた。
「グギャ……ア……」
ダスクウルフは、かすれた声を上げ、そのまま崩れ落ちた。
──初めての"討伐"だった。
◆ ◆ ◆
あたりに、再び静寂が戻る。
俺は、膝から崩れ落ちた。
全身が震えていた。
汗と、冷たい夜気で、体がひどく冷えている。
「やったな、リク!」
ガルドが駆け寄り、俺の肩を強く叩いた。
「初めてで、あそこまでできりゃ上等だ! たいしたもんだ!」
「……ありがとう」
かすれる声で答える。
それでも、胸の中には、不思議な熱が宿っていた。
(……俺は、この世界で)
(ちゃんと、生きられるかもしれない)
まだほんの小さな、しかし確かな一歩だった。
──夜は、静かに明けようとしていた。




