【第六十七話】光の届かぬ層
防魔陣の輝きが、じわじわと弱まっていく。リクたちが歩みを進めるにつれ、周囲の空気はさらに重く、冷たくなった。まるで地中深くへ降りていくような錯覚――いや、実際に“下って”いるのかもしれなかった。
山脈を抜けた先に広がっていたのは、ゆるやかな谷のような地形だった。だが、その底部には一面に広がる、黒灰色の岩盤。その上に咲く花も、草も、すべてが“色”を失っていた。
「……こんな場所、自然にできるはずがないわ」
ミナが低く呟く。杖を握る手がかすかに震えていた。
リクは前に出て、《感知:魔素流》を展開する。だが、やはり何も感じ取れない。魔素の流れは、すでに意味をなしていなかった。
(この場所では、魔素が“機能”しない。いや……)
「……魔素の根本が、変質してる。流れじゃなく、渦。それも、重力みたいに中心へ引き込まれてる」
「つまり、“核”はこの先にあるってことよね?」
リクはうなずいた。
「ああ。行こう、メイ、ミナ」
頷きもせず、無言で歩き出すメイの後ろ姿を追って、三人はさらに谷底へ向かう。
やがて、岩盤の裂け目に沿って大きな“亀裂”が現れた。まるで大地が息をするように、冷たい風が吹き上がってくる。
「ここ……降りるの?」
ミナが顔をしかめる。
「うん。この下に、何かある。すごく……重い気配があるんだ」
リクはそう言って、亀裂の縁に結界杭を打ち込み、降下用の索を固定した。順に降りていくと、やがて、空気の性質が変わったことに気づく。
“音”が、吸い込まれていた。
自分の息づかいでさえ、耳に届く前に消えていく。リクは思わず喉を手で押さえる。
(……これは、“音を奪う空間”……?)
まるで世界が、彼らの存在を認めていないかのようだった。
底に到着すると、そこには奇妙な構造物があった。
半円形に広がる石壁、その中心に佇む黒曜石の柱。表面には意味を持たぬ幾何学模様が刻まれている。
「……これが、核の封印?」
ミナが声を出したが、まるで空気に溶けるように消えた。リクは柱に手を伸ばす。
《解析:構造素性》展開。
次の瞬間、頭に鋭い痛みが走った。視界が反転し、暗闇の中で何かが“こちらを見ている”気配。
『──シテ、トドケ……』
誰の声とも知れぬ囁きが、脳の奥に直接流れ込んできた。
「……っ!」
思わず手を離すと、柱の表面が脈動したようにわずかに揺れた。
「リク……? 大丈夫?」
ミナの声が、遠くから届いた。
「うん……ただ、これ……“触れたらダメなやつ”かもしれない」
「けど、反応した。なら、何かの“鍵”になってる可能性もある」
メイの言葉に、リクはうなずく。柱は、まるで“何か”を閉じ込めているように感じた。
魔素ではない、もっと根源的な“力”。
この空間そのものを、静かに脈動させる存在。
「……ここ、もっと調べる必要があるな」
「でも、ここに長く居るのも危険よ。魔素、というか……私たちの存在そのものが“削られていく”感じがする」
ミナの言葉は確かだった。リク自身、体の芯がひりつくような感覚を覚えていた。
ここは、ただ“調査”するだけの場所ではない。
一歩踏み間違えれば、自分たちが“呑まれる”。
それでも、彼らはここで立ち止まるわけにはいかなかった。




