【第四話】村で働き始めた日
エルバの里で迎えた、初めての朝。
薄く霞む空気の中、村はもう動き始めていた。
井戸で水を汲む音、畑を耕す鍬の音、どこかから漂ってくる焼きたてのパンの香り。
静かだが、確かに"生きている"音が満ちている。
俺は、昨日泊めてもらった集会所の簡易ベッドから身を起こし、外に出た。
「おう、起きたか、旅人さん!」
手を振ってくれたのは、昨日出会ったガルドだ。
今日から、村の仕事を手伝わせてもらう約束になっている。
「今日からよろしく頼むな! ……っと、そうだ、お前、名前は?」
「ああ、名乗ってなかったな」
俺は少し考えた末に、名乗った。
「リクだ。リク・アサヒナ」
現世で使っていた、本当の名前。
捨てるつもりはない。これも、俺自身だからだ。
「リクか。いい名前だな!」
ガルドは豪快に笑いながら、俺を畑へと案内した。
◆ ◆ ◆
畑は村の外れに広がっていた。
小麦、豆、カブのような野菜……どれも見慣れたものだが、微妙に品種が違う気がする。
ふわりと香る土の匂いが、なんだか懐かしい。
「リクには、今日一日ここで雑草取りと、畑の見回りを頼みたい。力仕事は後回しでいい」
「わかった」
素直に頷き、畑に足を踏み入れる。
ふと、周囲の様子を眺めながら思った。
(……畑、にしては、なんだか作物の育ちが悪いな)
どの株も、葉の色がくすんでいて、背丈も低い。
素人目にも、何か異常が起きているとわかる。
(《解析》してみるか)
俺は地面にしゃがみ込み、作物の一つにそっと手をかざした。
《解析》
――――――――――
【名称】フィールドカブ
【状態】栄養不足/土壌劣化/魔力汚染(軽度)
――――――――――
(……やっぱり、何かおかしい)
単なる栄養不足だけじゃない。
「魔力汚染」という、現世には存在しない異常が起きている。
(これは……放っておくと、作物が全部ダメになるかも)
問題は、これをどうやって村に伝えるかだ。
いきなり「魔力汚染が〜」なんて言っても、信用されないだろう。
かといって、黙っているわけにもいかない。
◆ ◆ ◆
昼過ぎ。
畑仕事を終えた俺は、ガルドに呼び止められた。
「リク、どうだ? 村の畑は、良さそうだったか?」
ガルドは苦笑いしながら尋ねた。
どうやら、彼自身も畑の不調には気づいているらしい。
なら――。
「正直に言うけど、かなり良くないと思う。
……土が疲れてる。たぶん、養分が足りない。あと……ちょっと、変な気配も感じた」
なるべく柔らかく、だが、はっきりと告げる。
「変な気配?」
「ああ。魔力……って言ったらいいのか、そんな感じのものが土に滲んでる気がした」
ガルドは腕組みして、深く唸った。
「……やっぱりか。実はな、最近、森のほうから妙な獣が出てきてるって話があったんだ。
それと関係あるかもしれねえな」
思った以上に、話が早い。
ガルドは俺の言葉を、疑う様子もなく真剣に受け止めてくれていた。
「よし、リク。教えてくれて助かった。畑の手入れだけじゃ追いつかねえかもしれねえ。
明日、村の見回り隊と一緒に、森の入り口まで調査に行ってみねえか?」
「俺も……行っていいのか?」
「ああ。元々、お前も森を越えてきたんだろ? 土地勘も少しはあるだろうしな」
ガルドは力強く頷いた。
──こうして、俺は村を守るための小さな"調査隊"に加わることになった。
(また、一歩だ)
俺は静かに、胸の奥で誓った。
この世界で、生きるために。
ここで出会った人たちと共に、生きていくために。
──次なる一歩は、森へと向かう。




