【第三話】異世界で、初めての出会い
ルーンラビットを捌き、簡単な焚き火を起こして肉を炙る。
細い枝を串代わりにして、じっくりと火を通す。
脂が滴り、香ばしい匂いが漂い始めた。
生き物を狩り、それを食べる。
文明の利器も、コンビニもない世界では、これが当たり前なのだ。
(生きるって、案外シンプルだな)
焼きあがった肉をかじる。
ほんのりと甘みがあり、驚くほど旨い。
現世で食べていた加工食品とは、まるで別物だった。
一息ついてから、俺は再び森を歩き出した。
(まずは、人のいる場所を探さないと)
この森に留まるのは得策ではない。
食料も道具も、住居もないままでは、いずれ命を落とすことになる。
幸い、太陽の動きを頼りに東の方角を目指して歩けば、川に出られるはずだ。
水の近くには、動物も人間も集まる。
これは、現世でも普遍的なルールだ。
◆ ◆ ◆
数時間後――。
森を抜けると、視界がぱっと開けた。
目の前には、なだらかな丘と、その向こうに小さな村が広がっていた。
木造の家々、石造りの井戸、畑を耕す人影。
遠くに見えるのは、煙を上げる小さな鍛冶屋らしき建物。
(本当に……人がいる)
胸が高鳴った。
孤独に押し潰されそうだった心が、わずかに救われる。
俺は歩み寄ろうとしたが、すぐに足を止めた。
(待て、焦るな)
見知らぬ土地に、いきなり飛び込むのは危険だ。
現世でも、知らない文化圏に出張するときは、必ず下調べをしていた。
異世界なら、なおさら慎重になるべきだ。
(まずは観察だ)
丘の上から、村の様子をじっと観察する。
人々の服装は素朴で、色とりどりの麻布をまとっている。
武装している者は見当たらない。
子供たちが駆け回り、大人たちは笑いながら作業をしている。
どうやら、戦争中でもなければ、警戒が強いわけでもなさそうだ。
(大丈夫……か)
そう判断して、俺は丘を下りた。
村に近づくと、すぐに数人の子供たちがこちらに気づいた。
「あ、だれか来た!」
「旅人かなー?」
好奇心に満ちた声。
そして、すぐに大人たちにも気づかれた。
一人、こちらに向かってくる男がいる。
浅黒い肌に、たくましい体格。手には木製の鍬を持っているが、敵意は感じない。
俺は両手を広げ、武器を持っていないことを示した。
「よお、旅の人か?」
男が、警戒しながらも穏やかに声をかけてきた。
「ああ、そうだ。森を抜けてきたんだ。道に迷ってしまってな……」
できるだけ柔らかい笑みを浮かべ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
相手に不安を与えないように。これも、現世で培った交渉術のひとつだ。
「森を? ……無事に? それは、すげえな」
男は驚き、そして感心したように笑った。
「この村は"エルバの里"っていうんだ。まあ、休んでいけよ。腹も減ってるだろ?」
そう言って、手招きする。
俺は、深く頭を下げた。
「助かる。本当に、ありがとう」
村の人々は、俺を好奇の目で見つめながらも、誰も拒絶する者はいなかった。
それだけで、涙が出そうになる。
(ああ……生きてる)
そう、実感した。
◆ ◆ ◆
案内されたのは、村の中央にある小さな集会所だった。
長椅子に座らされ、焼きたてのパンと温かいスープを振る舞われる。
パンは素朴な味だが、噛むほどに甘みが広がり、スープは野菜と鶏肉の出汁がしみわたる。
(……うまい)
涙がこぼれそうになるのを、ぐっと堪えながら、ゆっくりと食べた。
「ところで、旅人さんよ」
さっきの男――名前はガルドと言った――が、声をかけてきた。
「これから、どうするつもりだ?」
どうするか。
聞かれるまでもなく、答えは決まっている。
「この世界で、生きるよ。ちゃんと、自分の足で」
俺はまっすぐガルドを見返し、そう答えた。
ガルドは、目を細めて笑った。
「いい面構えだ。だったら、よかったら村で働かねえか? いきなりじゃ無理だろうが、手伝いくらいなら、できるだろう」
働く――。
現世では、働くことは"搾取されること"だった。
けれど、この世界では、違うかもしれない。
(ここなら……やり直せるかもしれない)
俺は深く頷いた。
「ぜひ、頼む」
──こうして俺は、エルバの里で、新しい一歩を踏み出した。