【第二十五話】原型と対話
遺跡内部の空気は、先ほどまでの緊張が嘘のように落ち着いていた。
魔素の流れは収まり、天井の魔導灯がほのかに明るさを取り戻している。
しかし、その穏やかさの下には、何か言葉にできない不安が薄く漂っていた。
リクたちは、中央の魔素結晶の前に腰を下ろしていた。
少し離れた場所に、ミナが静かに佇んでいる。壁に背を預け、目を伏せるようにして、時折浅く息を吐いていた。
リクはそっと立ち上がり、彼女の傍へ歩み寄る。
「……少し、話せるか?」
ミナは驚いたように顔を上げたが、すぐに頷いた。
「うん」
リクは彼女の隣に腰を下ろし、少しだけ間を置いてから言葉を紡いだ。
「……君は、“記憶”がないって言ってたよね。どのくらいのこと、覚えてないの?」
ミナは言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「目を覚ましたとき……ここにいたの。何も覚えてなかった。自分の名前も、どうしてここにいるのかも……怖かった。全部、真っ白で……」
リクは静かに頷いた。
「“M-01”を見たとき、何か思い出したりしなかった?」
ミナはかすかに眉を寄せる。
「……近づいた時、すごく胸が苦しくなった。怖くて、でもなぜか懐かしい気もして……でも、それがなんなのか、思い出そうとしても……できなかった」
「記憶が封じられてるのかもしれない。断片的にしか残っていないか、あるいは鍵がかかってる。外部からか、君自身の“中”にある何かで……」
「鍵……」
ミナはぽつりと呟く。リクは彼女を見つめたまま、ゆっくりと言葉を重ねた。
「自分が何者なのか、知るのは怖いことかもしれない。でも、それを知ろうとしてる今の君を、僕は信じたい」
ミナは顔を伏せ、膝を抱き寄せるようにして小さく呟いた。
「……わたしも、知りたい。自分が……何者だったのか」
「うん。僕も手伝う。きっと、少しずつでも思い出せるから」
その時――後方から声が響いた。
「……な、なんだ。妙にしおらしい雰囲気になってんじゃねぇか」
リクが振り向くと、隊長が腕を組みながら、壁の影からそっと覗いていた。
目が合うと、すぐにそっぽを向いて、妙にぶっきらぼうな声を張り上げる。
「い、いいか。勘違いすんなよ? オレはまだミナを信用したわけじゃねぇ。ただ……あんなもんを操れる危険物が黙ってる方がよっぽど不安だからなっ!」
ミナはきょとんとしたまま、口を閉じて隊長を見つめる。
リクは思わず吹き出しそうになったが、なんとかこらえた。
隊長は顔を赤くしていた。
「……ただまあ、アレだ。これからどうするか、お前の態度次第で、多少の見方くらいは……か、変わるかもしれねぇ。ってだけだ」
それでもミナは、そっと頷いた。
「……わかった。ありがとう」
隊長はバツが悪そうに「ふん」と鼻を鳴らし、すぐに背を向けて歩いていった。
その背中を見送りながら、リクは心の中で静かに笑った。
(……ホントは優しい人なんだよな、隊長)
この遺跡の探索を通じて、リクはひとつの実感を得ていた。
“解析”とは、敵や物を見破るだけの力じゃない。
それは――人の心を、少しずつ読み解いていく力でもあるのかもしれない。




