【第十七話】古文書に宿る声
「……これは?」
ふと、棚の最奥で埃をかぶった一冊の書物が、リクの目に留まった。
他の文献がしっかりと保存用の布や魔術的保護装置で覆われているのに対し、それはまるで「誰にも開かれることを望んでいない」ような雰囲気を纏っていた。
黒革の装丁。
無銘の背表紙。
それでいて、どこか得体の知れない“気配”を感じさせる。
(魔素の濃度が……この本だけ異常に高い)
手を伸ばそうとした瞬間、肌を刺すような感覚が走った。
拒絶——いや、“試す”ような空気だ。
それでもリクは手を引かなかった。
そっと掌を添え、ページを開いた。
その瞬間——
《……ようこそ、探求者よ》
言葉ではない。
頭の中に、直接響いてくるような“声”。
(……思念? これは……魔素に宿った情報?)
リクの“解析”スキルが、自動的に反応していた。
書物に染み込んだ情報を、少しずつ、確実に読み解こうとしている。
《我が名は“セフィロ・コード”……かつて、魔導技術の限界に挑んだ者たちの記録》
めくられたページには、複雑な魔法陣と式がびっしりと描かれていた。
その構造は明らかに現代の魔術理論とは異なり、数層構造の演算式と感応術式が組み合わされている。
(感応……この前、あの理論書で見た“思考と魔術の結合”に近い)
目の奥が熱を帯びる。
読み進めるごとに、頭の中で次々と理論が繋がっていく。
そして——
《……汝のスキル、“解析”は既に門をくぐった。だが、道は分かれている》
《選ぶがよい。“読み解く者”か、“創り出す者”か》
声が問いかける。
(創り……出す?)
これまで、リクは“解析”というスキルを、あくまで既存の知識を理解する手段として使っていた。
だが今、提示されたのはまるで違う可能性だ。
(理解したものを、組み合わせて……新しいものを“構築”する?)
解析だけでは辿り着けない領域。
それは、“応用”であり、“創造”の世界。
目の前の文書は、まさにその原理の結晶だった。
ぞくりと、背筋を冷たいものが這った。
「……面白い。俺は、どっちも選ぶよ」
リクは呟いた。
“読む”だけで終わるつもりはない。
“造る”ことに、足を踏み入れる覚悟を——
その言葉に応えるように、本の中心部から光が漏れ出した。
魔素の奔流がリクの身体を包み込む。
眩い閃光の中、彼のスキルがほんの僅かに、しかし確実に変質を始めていた。




