【第十五話】遺跡の番人
扉が開いたその先には、まるでまた別の異世界にでも迷い込んだかのような光景が広がっていた。
床は透明なガラスのような素材で作られており、足元には遥か下、星空のように輝く魔素の海が広がっている。
壁や天井は滑らかな黒曜石でできており、その表面には光の粒が流れるように浮かび上がっていた。
「……まるで、空を歩いているみたいだ」
誰かが、感嘆の声を漏らした。
だがリクは、足元の美しさよりも、眼前に浮かぶ“それ”に注目していた。
部屋の中心に、浮遊する球体。
直径は一メートルほど、金属と石の複合構造でできており、表面には古代文字と回路のような溝が刻まれている。
青白い光を帯びながら、ゆっくりと回転していた。
「魔導球……いや、あれは……」
解析スキルを発動。
情報が脳内に流れ込む。しかし——
(読み取れない!?)
まるで情報が弾かれるような拒絶反応。
何か強力な結界か、暗号化された仕組みがあるのか。
「来るぞ!」
叫びとともに、魔導球の回転速度が一気に増す。
そして次の瞬間、球体の外周から魔力の刃が放たれた。
隊員の一人が肩をかすめられ、悲鳴を上げて倒れる。
壁に当たった刃は、そこを焦がし、削った。
「自動防衛機構……遺跡の番人だ!」
隊長の怒号が飛ぶ。
仲間たちは身を伏せ、反撃のタイミングを図るが、魔導球の動きは規則的ではなかった。
あらゆる角度からの魔力斬撃、それに合わせて床の一部が沈み、罠のように落とし穴が開く。
(動きにパターンがない……否。解析できないんじゃない、情報の流れが“外”にある)
リクは目を見開く。
(あれは中央制御じゃない……周囲の壁面、あの浮遊文字が、同時に変化している。あれが、入力だ)
つまり、魔導球は自律ではなく、外部から制御されている。
リクは即座に判断する。
「俺が、制御文字を追う! 他のみんなは、魔導球をひきつけて!」
「無茶はするなよ! お前の解析、頼りにしてるんだからな!」
「任せてください!」
リクは透明な床を駆け抜け、壁面の浮遊文字列へと近づいた。
次々と現れる文字を解析スキルで捉え、その意味と構造を読み解く。
(この文字は“防衛”。次が“威圧”、その次が“応答拒否”。……ならばここを——)
回路の末端。魔導語で記された“制御解除”の意。
「解析干渉、コード上書き!」
リクの手が触れた瞬間、青い光が弾けた。
部屋全体が揺れる。
浮かんでいた魔導球の動きが、突然止まる。
……静寂。
「やったのか……?」
慎重に近づく隊員たち。
リクは汗だくのまま、その場に膝をついた。
今の干渉は、ほぼ賭けだった。
一部は直感で文字を読み解いた。それでも——通じた。
「リク……やっぱり、お前の解析スキル、尋常じゃないな」
隊長が感嘆と安堵の入り混じった声で言う。
「こんな芸当、普通の解析士には到底できん。今まで地味なスキルだと思ってたが、見方が変わったよ」
リクは苦笑した。
「自分でも……ようやく“使える”って思えました。少しだけ、ですけど」
「いや、十分だ。お前がいなければ、今ここに立ってない」
隊員たちがリクを見る目が変わっていた。
仲間として、信頼と敬意の色を帯びている。
(これが……“必要とされる”ってことか)
初めて感じたその温かさに、リクは胸の奥が静かに揺れるのを感じた。




