【第十話】遠き声を聞く者
ツィガンドッグ討伐から数日。
村の空気は、微かにだが変わり始めていた。
「リク、あの草って食えるのか? 毒、解析してくれ」
「なんかさ、お前のスキルって、すごくねぇか? 」
言葉こそ雑だが、以前のような敵意は消えていた。
それは、役立つ“道具”としての評価かもしれないが、それでも──
俺はその変化を、ただ否定する気にはなれなかった。
……それでも心の奥に、拭いきれない違和感が残る。
(俺のやってることは、ただ便利屋みたいなもんじゃないか?)
戦いの役に立った。それは確かだ。
けど、それだけでいいのか。自分の力は──そんな程度なのか?
◆ ◆ ◆
その日。
村の門番が、妙にかしこまった態度で来訪者を案内してきた。
「リク、変な奴が来てる。なんか、王都からの──とか言ってたぞ」
「王都……?」
現れたのは、白と藍を基調にした外套を羽織った壮年の男だった。
風に揺れる銀の装飾、肩には古代語で刻まれた金属の徽章がある。
「初めまして、少年。
私は『王都直属魔導考古隊・第三分隊』所属のミハエル・クルスと申します」
その響きに、村人たちがざわめいた。
「“遺跡調査団”……? なんでこんな辺境に」
「噂を聞きました。ツィガンドッグ討伐の際、ある特異な補助スキルが用いられたと」
ミハエルは目を細めた。
ただの軍人ではない。鋭さと、知性がその瞳に宿っている。
「もしや、あなたが《解析》の持ち主──リクさん、ですね?」
◆ ◆ ◆
俺は無言のままうなずいた。
「率直に申しましょう。
私たちは、あなたの力を必要としています」
そう言って、ミハエルは懐から小さな包みを取り出した。
中には、掌ほどの大きさの破片──石板のような何かがあった。
「これは、古代遺跡から発掘された魔術基板の一部です。
どれだけの学者が調査しても、この文様の意味すら読めなかった。
……ですが、あなたのスキルなら──読み解ける可能性がある」
《解析》
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【物質名】不明(強化石複合体)
【刻印】旧第七紀言語群/制御呪式中枢(欠損)
【意味内容】「回路は繋がり、術は循環する」
【用途】魔力の経路記憶機能を持つ自律構造体の一部
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(──これは……)
俺の中に、火が灯るような感覚があった。
今までのような毒や素材の簡単な判別とは違う。
“何か大きなもの”の断片を、手繰り寄せている感覚。
……でも、それと同時に、胸の奥にひどく重たい感情が残った。
「《解析》できたのですね?」
俺は無言で頷いた。
「…《解析》とは本来、学者が数年かけて積み上げる知識を、わずか数秒で手にする異能です」
ミハエルの言葉には熱があった。
「だが、その力はあなた自身の理解を超えては動かない。
あなたの目が広がれば、スキルの目もまた広がる。
どうか、我々と共に来ていただけませんか?」
「……何を解析するために?」
「すべてです。過去の文明。失われた魔術。
あるいは、それを封じた“理由”までも──」
言葉に迷いはなかった。
けれどその瞳の奥にあるものが、完全な善意ではないことも、直感で分かった。
(──俺なんかが、本当にこんなものに関わっていいのか?)
(世界の過去を暴く? そんな大げさな話、俺には無理だ)
足がすくんだ。
村の中でさえ浮いていた自分が、世界を知るなんて──
怖い。自信なんて、ない。
だから俺は、すぐには答えなかった。
「考えさせてほしい」
「もちろん」
ミハエルは、何も急かすことなく微笑み、ゆっくりと立ち去った。
◆ ◆ ◆
夜。
俺は、あの石板の破片を、焚き火の前で見つめていた。
(俺は──本当に、行くべきなんだろうか?)
失敗したら?
解析できなかったら?
結局、何の役にも立たなかったら?
そんな声が、心の中で何度も囁いてくる。
でも。
解析結果が示した“言葉”が、まだ頭から離れなかった。
『回路は繋がり、術は循環する』
(……俺の存在も、どこかに繋がってるのか?)
少しでも、自分がこの世界の“どこかの点”であれるなら。
自分のスキルが、ただの生き残り手段じゃなく、“意味”を持つものなら──
……それでも、進みたいと思ってしまう自分がいた。
「やってやろうじゃねえか。
……俺の目で、“この世界の過去”を暴いてやる」
火の粉が空に舞い上がり、夜の闇に溶けていった。




