【第一話】ブラック企業に潰された俺が、異世界で‘’リライフ‘’する話
目が覚めると、そこは見知らぬ森の中だった。
記憶にあるのは、過労死寸前の毎日と、味気ない現代の風景。
もう一度やり直せるのなら、今度こそ、悔いのない生き方をしたい――そんな想いだけが、胸に残っていた。
突然始まった異世界での新たな人生。
頼れるのは、かつて現世で培った知識と、奇跡的に手に入れた一つのスキル――《解析》だけ。
食べ物を探し、身を守り、仲間を得て、生きるために小さな一歩を積み重ねる。
誰かに任せるでもなく、奇跡に頼るでもなく、自らの手で未来を切り拓くために。
これは、一人の男が、ゼロから世界を知り、築き上げていく物語。
焦らず、じっくりと、確かな歩みで。
ようこそ、静かに燃える異世界への旅路へ。
目が覚めたとき、俺は見知らぬ天井を見上げていた。
いや、天井……というより、白く透き通るような光が満ちた空間。
重力を感じない。不思議と、身体も軽い。まるで、ふわふわと宙に浮かんでいるようだった。
(俺、たしか……)
記憶を辿る。
終電間際の電車に駆け込み損ね、疲れた身体を引きずって会社に戻り、深夜まで資料作りに追われた。
缶コーヒーを飲みながら、机に突っ伏して……そこで、意識が途切れた。
――そうか、俺、死んだんだ。
納得した途端、ふわりと目の前に光が集まり、ひとりの少女が現れた。
少女、といっても年齢は不明だ。金色の髪に、大きな碧眼。
ふわりとした白いワンピースを着て、無垢な笑みを浮かべている。
その存在は、ただそこにいるだけで、世界の空気すら変えてしまうような神秘的なものだった。
「ようこそ、異界の訪問者さん」
澄んだ声が、俺の胸に直接響く。
「あなたは過労により、命を落としました。本当に、お疲れさまでした」
その一言に、胸が詰まった。
誰も労ってくれなかった。
生きている間、ひたすら働き続けて、認められることも、報われることもなかった。
それが、たった一言で、涙が出そうになるなんて。
「あなたには、次の世界で"リライフ"の機会が与えられます」
「……リライフ?」
ようやく絞り出した声に、少女はにこりと微笑んだ。
「はい。次の世界では、あなた自身の意志で、あなた自身の生き方を選んでください」
彼女の手がすっと差し出される。
その手のひらには、小さな光球が浮かんでいた。
「また、あなたには――前世の知識と経験を、すべて持ち込む許可を与えます」
「……!」
息を呑んだ。
ブラック企業での地獄のような日々。
理不尽なクレームを乗り越えた交渉術、納期に間に合わせるために培った効率化の技術。
あの世界で、身につけたすべてが――無駄じゃなかったってことか。
「そして、もうひとつ。あなたには、"スキル"を授けます」
「スキル?」
少女は光球にそっと口づけ、俺へと差し出した。
「あなたに授けるのは――《解析》のスキルです」
「解析……?」
「はい。世界のあらゆる現象、物質、魔法、技術――それらを理解し、分解し、再構築できる力」
少女は静かに続けた。
「現代の知識と、《解析》のスキル。あなたがどう使うかは、あなた次第です」
俺は、ゆっくりと手を伸ばした。
こんなチャンス、二度とない。
俺はもう、他人に使い捨てられる歯車なんかにはならない。
自分のために――自分の人生を生きるために――この手に、掴み取るんだ。
光球に触れた瞬間、世界が音もなく崩れ落ちた。
◆ ◆ ◆
目を覚ました場所は、森の中だった。
鳥のさえずり、木々のざわめき。
湿った土の匂いと、風に運ばれてくる草花の香り。
(……ここが、異世界)
俺はゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。
周囲には、見たことのない巨木が並び、茂った草の背丈は俺の膝くらいまである。
服装は、シンプルな麻布のシャツとズボンに、簡素な革の靴だけ。
ポケットには、何も入っていない。
(装備は最低限、か……)
だが、心細さよりも、胸が高鳴る。
ようやく、俺の人生が始まるのだ。
ふと、意識を集中すると、視界の端に"ステータス画面"のようなものが浮かび上がった。
―――――――――― 【名前】リク・ハヤセ
【年齢】25
【職業】なし
【称号】転生者
【スキル】《解析》/《現世知識》
――――――――――
まだ、何者でもない。
だが、それでいい。
これから俺が、何者になるかは――俺自身が決める。
森の奥へと、ゆっくりと一歩を踏み出した。
──俺の、異世界での‘’リライフ‘’が、今、始まる。