「サキュバスさんが獲物を定める話」
魔界からの移動門が日本に現れ、魔界と人間界が行き来できるようになって、早10年。
人間界にも魔物がよく来るようになって、人間界に移住した魔物もよく見るようになったの。
とくにあたしたちみたいなサキュバスは人間界の方がなじみが良かったりするぐらい。
「あたしってさー、逃げると追いかけたくなるタイプなんだ。でも、最近、人間くん食べられすぎて張り合いがなーい」
サキュバスの友人、いわゆるサキュ友にあたし――セレナイは愚痴る。
サキュ友の一人は先端がクローバーマークのような尻尾を面倒そうに揺らし、目を細める。
「セレナイちゃん、だいたいの子食べちゃったもんね。それじゃあ、次は学校の外に足をのばす?」
「うーん、たしかにイケイケな奴らは全員食べちゃったけどさー。それ以外のタイプとはそこまでかかわったことないじゃん。今度はそっちを狙ってみようかなーって」
「え、じゃあ、誰を狙うのー?」
「まずはアイツかな」
あたしが指をさしたのはクラスでも特に地味な男子である高橋 玲がいた。
あまりしゃべらず、かといっても特にトラブルを起こすわけでもないから影が薄い。
よく漫画やアニメ絵の本を開いて読んでいる、スマホで読んでないのは珍しいねーってあたしはよく思ってる。
珍しいといえば、あたしたちサキュバスたちともかかわろうとしないわね。
あたしたちサキュバスは魅了の力を持ってるから男女問わず惹きつけるものなのだけど、玲くんは挨拶をしてみると恥ずかしそうに眼をそむけることが多いのよ。
だいたいの人は一瞬、陶然とするから珍しい反応で、覚えてたの。
恥ずかしがってるのかな? それとも、何か良からぬことを考えてるのかな?
どっちにしろ押せ押せで接すれば行けそう、ってあたしの勘がいっている。だから、押し倒してみたい。
「玲くんさー、いっつも本を読んでるけど何を読んでるの?」
というわけで、誘惑チャレンジ。
あたしは玲君の前の席に座り、背もたれに身をゆだねて、向き合った。
「えっと、セレナイさん……?」
「あたしさ、あなたに興味があるんだ。だから教えてくれない?」
黒髪、小柄、少し童顔気味。
あたしが座ると思ってなかったのか困惑してるみたい。
困ったように目線がきょどってて面白い。
小動物みたい、と思って、あたしは胸元のボタンを2つほど外した。
いきなり距離を詰めすぎても逃げられちゃうからね。まずは話を合わせましょ。
「なんで、脱ぐの……!?」
「暑かったからだけど、どこを見てるのかな?」
「え、えっと……?」
胸元が見えたためかそちらに視線が向く玲君。
うんうん、君もやっぱり男の子だったみたいね。
視線を釘付けにするのは楽しいわ。
ちなみに今日の下着は水色よ。
「それでさー、その本、なんて題名?」
「『オレの妹がラスボスすぎる』……かな」
「なにそれ……?」
「妹のことが大好きなお兄ちゃんと妹によるラブコメ」
「へぇ、妹が好きなんだ」
「と、見せかけて可愛い妹が実は世界を亡ぼしかねない魔王の転生体で、世界と妹のどっちを選ばされるか悩む話だよ」
「なにそれ……!? いきなり話が壮大になったんだけど」
「うん、そのうえ、妹は血がつながっていないことがわかって、妹ラスの世界は異世界人との血がつながってて、彼らの戦いに巻き込まれていくんだ」
「タイトルのイメージと話が全然違うじゃない……」
読んでみようかな……。
うん、面白そうな話を聞けた。
けど、違う違う、目的はそっちじゃない。
「へぇ、それは面白そうねぇ」
「うん! とっても面白いよ!」
「それじゃあさ」
私は身を乗り出した。
あたしの方が身長も高いためか、玲君に覆いかぶさり見下ろす形となる。
「あたしもその本を読んでみたくなったんだけど、あなたの家に行っていいかな?」
「え」
「あなたの家に一巻とかあるでしょ。できれば見せてくれないかなー?」
あたしの目が熱くなる。
周囲から見るとわずかに赤く光ってるはずだ。
サキュバスとしての魅了の力、相手の好意を強化する異能。
この力を使われて落ちなかった相手はいない。
自分の力だもの、使って悪いことはないでしょ?
「ねぇ、玲君、どうかな?」
「はわ」
玲君の顔が赤くなる。
まるで追い詰められたネズミみたい。
あたしの今までの経験が告げる――このままいけば落とせる、と。
「あたし、できれば君と仲良くしたいんだけど」
「はわわわ」
「ねぇ――」
「ご、ごめんなさい!!」
といって、玲君は慌てて席を立つと逃げてしまった。
体育の時間での足の遅さから想像できないほどの速度だった。
あんなに早く走れたんだ……。
「逃げられちゃったね」
「……そうね。初めて逃げられちゃった」
あの状況から逃げられたのは初めて。
だいたいは思考力がしびれて、ついうなずいちゃうものなのだけど。
彼、異能をはじけるだけのなにかあるのかな?
「でも、あんな暗くて地味な子に逃げられてもほかにも男はいるじゃない」
「ううん。それは違うわ」
あたしは笑った。
「あたし、逃げられると追いかけられたくなるタイプなの。――燃えてきたわ」
必ず落として見せる。
まずは彼の見ていたラノベを読んでみているところから始めようか。