9 誘惑
負傷者は日に日に数を増す。
兵士を狙った通り魔が出たのは3日前だが、我が軍の救護室のベッドはもう埋まりそうだ。
幸いにも通り魔は訓練された我が兵士たちを皆殺しにできるだけの力はないらしい。
しかし奴もそれを承知しているのだろう、命を狙うよりも怪我を負わせて戦闘不能にすることを目的にしているらしい。
負傷した兵士は皆、夜中に後ろから奇襲をかけられたという。
通り魔は剣を一振りすると去っていく。
逃げ足の早いやつだ。
ひどいものは足や腕を切り落とされたり、脊髄に傷を負わされた。
死なない程度の怪我ならば、兵士たちは戦わせなければならない。
だが私は苦しむ部下たちを無理やり働かせることに胸が痛んでいた。
「おじさん、軍のお偉いさんなんでしょ?」
生意気な声がした。
赤毛の少年がたっていた。
「ねぇ、この薬かってくれない?」
「身元のはっきりしない者から薬など買えない。」
しかし少年は怯まない。
「最近通り魔が出てるよね。」
「貴様には関係ない。」
「この薬なら、痛みを和らげることができるよ。
そこらの薬屋のとは比べものにならない。
苦痛なく戦うことができるようになるんだ。
おじさんも噂くらい聞いたことあるでしょ?」
いくらでも戦うことができるようになる薬。
無論聞いたことはある。
「何を馬鹿なことを。
その薬は関わっただけで罪だ。」
「役に立つから禁止したのさ。
王族以外の軍師たちが戦力をあげないようにするために。」
腹黒い王家ならそれぐらいはやりそうだ。
だかそれならなおのことこの少年が薬をもっているとは思えない。
「どこから薬を手に入れた?
お前のような子供が王家と繋がりがあるとは思えん。」
しかし少年は得意げに「もちろん王族からだよ。」といってハンカチをみせた。
そこには確かに王家の紋章がある。
「王族の命で、おじさんに薬を売りにきたんだよ。」
「それこそ理由がわからん。」
私は他国船を攻撃したことで王族から恨みを買っている。
「おじさんが皇太子に勝ってくれたら得をする王族がいるでしょ?」
まさかこの少年はルーカスの使いなのか。
通り魔は自分が対応するといっていたが、削られた戦力の補充は難しい。
その対処法がこの薬だというのか。
「信じられん。」
少年は私の手に小瓶を握らせる。
「試してみなよ。
おれの話が偽物ならおじさんは捕まらないし、本物なら兵士は楽になる。
悪い話じゃないでしょ?」