8 計画の破綻
船に帰るとすぐにノアを捕まえて交渉の結果を早口に報告した。報告、というよりは愚痴を吐き出したに近い。
どうにも思うようにいかない。このまま通り魔を止められなければ13隊に反乱を起こさせることはできない。
もともと反乱を失敗させるのが目的だが、隊長が計画を立ててもいない今の段階では反逆罪を着せることもできない。
椅子がガタガタなる音が部屋に響く。
いらだつ時に脚を揺らす癖は昔からだ。
「ご機嫌ななめだね?」
ノアはそんな俺をからかう。
「なんでそんな余裕そうなんだ。」
「ルーカスは昨日の通り魔を見たんだよね?」
昨日見張り台から見たのは、通り魔が兵士を襲う現場だったのだ。
「ああ。知ってるやつだった。エマは騎士の家系で、俺の婚約者につかえてる。」
俺の婚約者であるシャーロットはこの海の街に屋敷を構える貴族の娘だ。
シャーロットの家の家長は、王族との縁をほしがったために孫娘を俺と婚約させた。本人同士が選んだわけではないうえ、シャーロットは俺よりも7つ年下だから、兄妹のような関係だ。
シャーロットの護衛として常に彼女のそばにいたのがエマだ。
そのエマがなぜ、13隊を襲う通り魔になったのか。
「エマの目的はなんだ?」
苦々しく呟いた時、ガチャリとドアが開いた。
「エマのことなら、私はよく知っていてよ。」
「オリヴィア?」
突然部屋に入ったオリヴィアは、俺が盗み聞きしたことを咎める前に「内緒話するには船の中は壁が薄すぎるわ。」と鼻で笑った。
「エマとは昔一緒に剣の稽古を受けていたのよ。」
名の知れた傭兵の家系であるオリヴィアの家と騎士であるエマの家は遠縁にあたり、同じ流派の剣術だ。
年も近い彼女たちは共に鍛錬に励んでいたらしい。
オリヴィアは懐かしむが、エマを下に見た言い方をする。
「あの子は剣術は優れていたけれど、師範にはよく叱られていたわ。他人に入れ込みすぎることは弱みになるって。」
オリヴィアの師範の教えにノアはうなずく。
「自分より他人を大事にする者はそれだけ利用しやすいから。」
「エマの目的はきっと主人を守ることよ。」
「兵士を襲うことがどうして主人を守ることになんだよ。」
「あなたが王家に反乱を起こさせば、あなたの婚約者は捉えられるわ。」
反逆罪を起こせば家族まで死刑になる。俺は母親がすでに死んでいるから、婚約者が死ぬことになる。
だからエマは13隊の兵力を削って反乱を防ごうとしたのか。それならばエマはどうやって昨日のうちに俺が隊長と交渉したことを知ったのか。
「やっぱり隊長がいうとおり情報が漏れたのか?」
不安になる俺をノアは生意気に笑う。
「君は隊長に接触するために紋章のついた指輪を見せたんでしょ?身元を明かしてる。王位継承権を持たない妾の子が、王家に逆らって罰を受けたばかりの13隊に接触したってだけで予想はできるよ。」
「エマの従兄弟が1人13隊にいるわ。エマに負けず劣らず情の厚さが弱点の男だった。エマに漏らしたのは彼でしょうね。」
隊長と面会するまでに俺を案内した兵士のうちの1人だろう。
オリヴィアのくれた情報に、ノアは少し考え込んだあと、自身ありげに微笑んだ。
「ルーカス、エマのおかげで反乱を起こさせるよりもっと簡単に13隊を破滅させられるよ。」