12 朝焼け
「ルーカス、おきな!」
ナターシャの声で目が覚めた。
部屋の中で仁王立ちする彼女に「ナターシャ、せめてノックしてから入ってくれよ。」といえば「あたしはちゃんとノックしたよ。あんたが寝てたんだろ。」と返される。
「文句言ってないでさっさと起きな。」
ナターシャが開けるカーテンから見える空は群青色だ。
「まだ日の出前じゃねぇか。」
「もう6時だよ。みんなもう起きてんだから朝ごはんにするよ。」
日が昇るのが遅いのは、うだる暑さが残っていても秋が近づいているからだ。
仲間たちは俺よりも早く起きて仕事をしてくれているらしい。そう言われたら起きなければなるまい。
けれども俺の頭は半分くらい寝ている。
ふわふわした思考のまま、キビキビと動くナターシャの後ろ姿に声をかけた。
「ナターシャ、俺はちゃんとみんなを守ることができるかな。」
弱音を吐くのは、彼女に甘えているのだと思う。
ナターシャは「間抜けだね。」と俺の額を軽く指で弾いた。
「ルーカスはみんなを守りたいって思ってるのかもしれないけど、あんたに大人しく守られるだけのやつなんかいないよ。みんなだってあんたを守ろうと頑張ってるのさ。あたしらが生きるにはあんたが必要だからね。」
変わらない快活な笑顔に、酷く安心した。
「ナターシャも?」
「そうだよ。あたしは戦うことこそできないさ。でも、あんたが気持ちよく過ごせるように毎日屋敷を掃除して、あんたのシャツにアイロンもかけてるのさ。」
押し付けがましく言うのは照れ隠しだと長い付き合いで知っている。
「顔洗ってきな。それからノアを呼んできてくれ。すぐ朝食になるから。」
群青空がよく見えるテラスにノアはいた。
ノアは祈りの歌を歌っていた。
「また練習してたんだな。」
振り返ったノアは、「やっとすこし声が安定してきたんだ。」と喉を抑えていった。
変声期がようやっと終わったらしい。
俺がノアを敵国に呼び寄せたときはちょうど一番声が不安定なときだったらしく、ノアはひとりで練習していた。
その姿が敵軍の兵士に見られてたんだろう。
脱走兵から歌う幽霊が噂になってると聞いた時にはノアは臍を曲げていた。
「こんなに時間がかかったんだからもっと低くなるかと思ったのに。」
「いいんじゃないか。その声俺はすきだよ。」
「ボーイソプラノが出なくなるならバリトンになりたかった。」
バリトンで歌う彼を想像して吹き出すと、「笑わないでよ。」とつねられた。
ノアはふいと顔を背けて再び歌い始めた。
東の空がゆっくりと緋色に染まってゆく。
朝焼けだ。
変わる空の色に、初めてノアの歌を聞いた日を思い出した。
あのときノアは、響くこの歌は祈りを届ける儀式であり、祈りを捧げることで救われると教えてくれた。
あのとき俺が祈ったのは、いつか自由を手に入れることだった。
己に打ち勝つことが出来たなら自由を勝ち得ることが出来ると、かつて兄は言った。
今の俺は、己に打ち勝つことが出来たんだろうか。
朝日の光に照らされる横顔がこちらをみて、ニッと微笑んだ。




