5 必要
「ルーカスたちが帰ってくればいいじゃないか。なんで僕がいかなきゃならないんだ。」
受話器からノアの生意気な返事が聞こえた。
パーティー会場から逃げ出すと、俺はアリスに指示して飛行機を宿の近くに着陸させた。
宿へ着いてすぐ、俺は電話機をかり辺境伯邸にいるノアに電話したのだ。
会場で起きた惨劇のあらましをノアに伝えると、ノアはなぜ帰ってこなかったのかと文句を言った。
「面倒なことに巻き込まれる前に帰ってくるべきでしょ。なんで泊まる必要があるのさ。」
「俺はシャンデリアを落下させた犯人を見てるんだよ。」
「だからなんなのさ。別に捕まえてくれって頼まれたわけでもあるまいし。自国じゃないんだからどうにもできないよ。」
ノアのいうことももっともなのだ。
事件が起きたのは敵国であり、俺に調査する権限などない。
ノアはなおも文句を言う。
「直前まで犯人はルーカスの様子を陰から見ていて、目が合った時に銃を出したんだろ?
明らかにルーカスを狙っている。早く逃げたほうがいい。」
あの犯人は俺を見ていた。
惨劇を起こしたのは俺を殺すためだったのなら、見つかる前に逃げるべきなのだ。
それはわかっているのだけれど。
「あいつは仮面をつけていたんだ。」
「まさかそれだけで君のお兄さんだと思ったわけじゃないよね。」
蒸気機関車の中で10年ぶりに会話を交わしたエドワード。
あの犯人の仮面と肌を隠した黒ずくめの服装は、脱獄してきたエドワードを思わせた。
「それだけじゃない。銃の使い方が似てたんだよ。」
エドワードが監獄へいれられるよりも昔、エドワードはよく友人や婚約者を連れて狩りに出かけていた。
一度だけ、俺も連れて行ってくれた。
エドワードは遥か上空を飛ぶ獲物を苦もなく撃ち落とした。
シャンデリアを撃ち落としたときの銃の使い方はエドワードのそれとよく似ていた。
受話器からノアのため息が聞こえてくる。
「君のお兄さんの乗った列車は、僕たちが燃やした。忘れたのか?」
「わかってるよ。」
それは俺の任務でもあり、エドワードが俺に命じたことだった。
村ひとつ消せてしまう病におかされたエドワードは、感染を防ぐため自分の体を燃やすことを望んでいた。
きっと崩れ落ちる橋に向かう列車の中で逃げ出そうとも思わなかったはずだ。
「わかってるよ、わかってるけど。
生きてるんじゃないかって思っちまうんだよ。」
ノアは少しの沈黙のあと、また息を吐いた。
「だから犯人が誰か確かめたいって?」
「そうだ。」
「なら好きにしなよ。けど、なんでわざわざ僕がいかなきゃなんだ。」
教団の人間であるノアは異なる宗派を信仰する者には警戒される。だから辺境伯邸へ乗り込むときも、今回もノアを残してきた。
だけど俺は今ノアを呼び寄せようとしている。
「僕がいかなきゃならない理由があるの?」
「俺がお前にきてほしいんだよ、ノア。」
「なんで?」
「いいから来いって。」
ノアは不満げな声を漏らした後、「わかったよ。エマかオリヴィアを連れてそっちに行く。」と言って電話を切った。




