2 紅茶と推察
「レニー、夕飯の支度にはまだ早くないか?」
キッチンの戸口からユーシェンがひょこりと顔を出す。
「みつかっちまった。」
「何か隠しごとかい、レニー?」
ユーシェンが俺に顔を近づける。
「ナターシャもルーカスについて行っただろぉ?」
辺境伯のものだったこの土地と、辺境伯令嬢の婚約者が運営していた貿易会社は皇太子の手に渡り、その管理がルーカスに任された。
ルーカスは貿易の交渉を装って敵国の商人が行うパーティーに向かった。
操縦士としてアリス、そしてエスコートの相手役にナターシャを連れて行った。
俺たちは辺境伯の屋敷で留守番だ。
「つまりお菓子をつまみ食いしたって俺を叱るやつがいないってことだ!」
戸棚にあったクッキー缶を指差してウインクする。ユーシェンは「では我がお茶を淹れよう!」と笑った。
本来使用人が使うべきでない贅沢なソファに腰掛ける。
食器のうえには普段は食べられない焼き菓子が並び、ユーシェンが入れてくれた紅茶の香りが漂う。
背徳感で余計に美味しそうにみえる。
「それにしても、なんで皇太子は辺境伯領をルーカスに任せたんだろうな。」
焼き菓子に齧り付きながら俺は疑問を口にした。
聡いユーシェンはその理由がわかっていたようだ。
「そりゃこの島が敵国に最も近い領土だからさ。あちらに攻め入るにはこの地を基地とするのが便利だろう。」
「皇太子はルーカスに敵国と戦わせるつもりなのか?今まではずっと暗殺をやらせてたじゃねぇか。なんで今更?」
ユーシェンは紅茶を一口飲んで、答えを示してくれる。
「暗殺がうまくいったからだろうね。殺した人数も多くなってきただろう。皇太子が雇った暗殺者がいることが悟られてもおかしくないころだ。ルーカスが無能でないことも証明された。我が皇太子なら、ルーカスが従順なうちに敵国へ向かわせる。」
ユーシェンの言葉に俺は少し不安になる。
「ルーカスが敵国に勝つのが難しいことは俺にもわかるぞ。」
もちろん俺なんかと違ってルーカスはしっかりとした教育を受けていたけれども、まともな兵力も与えられずに勝てるとは思えない。
「だから敵地へ行かせるのさ。」とユーシェン。
俺は紅茶をごくりと飲み干した。
そして俺はあることを思い出す。
「そういや、出発したばっかのとき船で危険薬物が見つかったんだよ。」
「そうなのかい?」
「薬物が船に持ち込まれたのも皇太子の計画のうちじゃないかってノアは言ってたけど、あれは戦になった時のためなのかなぁ。」
危険薬物は高い中毒性の代わりに痛みを感じさせなくなる。どんなに怪我をしても戦うことのできるようになる薬だ。
「あっはぁ!皇太子も悪いやつだねぇ!」
ユーシェンは高い声をあげる。
「人間の限界を超えてでも戦え、命を国のために捧げよ、てことなんだろうね!」
「うげぇ…おっかねぇや…。」
俺は思わず身震いする。
「いざとなったら我がレニーを連れて逃げてやろう。」
冗談めかしていうけどユーシェンならやりそうだ。
ユーシェンは「これも美味しいよ!」と焼き菓子を俺の口に放り込んだ。
この件に関してはこれ以上追求を許さない、ということだ。
「ルーカスも近々敵国と戦わされるとわかってるからパーティーに行ったんじゃないか。敵の情報を手に入れて少しでも有利にするために。」
「なんとかなるといいけどなぁ…。」
俺はだらしなくソファにもたれかかった。
ユーシェンは焼き菓子を美味しそうにほうばりながら、「我はこの地をルーカスに任せたこと、皇太子にとって悪手だったと思うよ。」と言う。
「どうしてだ?」
「こちらにとってこの地が拠点なのと同じように、敵もこの地から攻め入ることを考えるだろうからね。」
「勇者の遠征は何度も行われたけど、敵国が勝った。報復に敵国が攻めてきたことはないぜ?」
「未来永劫敵国が攻めてこないとは決まっていないよ。現王が事実上隠居し、幼い皇太子が実権を握る今が好機だと我なら考える。」
猫に似たユーシェンの瞳がきらりとひかった。
俺は背筋が冷えるのを感じた。
「この島ってけっこう危険なんじゃねぇか…。」
ユーシェンはおかしそうに笑って俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。




