5 密会
名前も明かせない怪しげな男に、隊長である私との面会を許すのは普段ならあり得ないことだ。
男はなんの連絡もなしにこの王国軍第13隊基地の門を叩いたのだ。
無礼にも程がある。
それでも面会を許可したのはその男が紋章入りの指輪をしていたからだ。
王家は息が掛かった人間にのみ紋章を持つことを許可する。
王家からの使いであれば紋章の刺繍がされたハンカチを持たされ、それが身分証の役割を果たす。
財政を任される大臣であれば装飾品になるが、指輪は王家の血を引くものしか持つことができない。
何のようできたかは知らないが、王家の人間を無碍にしこれ以上弱みを作るのはさけたい。
私は臆病者なのだ。
自信のなさゆえにこの地位に上り詰めるまでずいぶんと時間がかかった。
若い頃には、同期を閣下と呼ばなければならないこともあった。
人より成長が遅かった私は、部下や住民のために動いてみせることで信頼を得た。
先の他国船への攻撃の一件はそうやって人のために動いた結果だった。
なにも王国軍の体制を変えるだというような意図あったわけではない。
しかしこうなってしまったからには私は部下とこの街の人々を守るために戦わなければならない。
コンコンコン、とノックがした。
「入れ。」
「失礼します。」
入ってきた男はやはり名乗らない。
思っていたよりもずいぶん若い。
縦にひょろ長く、我が軍の若い兵士と比べて頼りなさげにみえる。
しなやかに品のある動きから身分は高いことが伺えた。
「君は名前も明かせないというじゃないか。門番に見せた紋章は本物か?」
「ええ、こちらに。」
指輪の紋章はたしかに王家のものだ。
しかしそこに星がなかった。
王位継承権がないことを示す。
王位継承権のない血族の青年となると、考えうるのは妾の子だ。
確か名はルーカスであったはずだ。
勇者の遠征という名目で戦地送りにされたと聞いていたが、どこかに逃げ隠れたのか。
「私に会いにきたのはなぜだ。」
「ある大切なお願いをしにきたのです。」
「なんだねそれは。私が貴殿の願いを叶えてやると思うのか。」
信用のできない相手だ。
私はなるべく高圧的に言った。
しかしルーカスは笑顔だ。
「ええ、もちろん。私はあなたにこの海の街の安全を守っていただきたいのです。それはあなたの望むことでしょう?」
「私はこの街のために尽くしている。私の働きが足りないといいたいのか。」
ルーカスは滅相もないと首をふる。
「この街には危険が迫っているのです。」
もったいぶった言い方だ。
どうにも腹芸は苦手なのだ。
うまく乗せられている気がする。
「海の街は貿易で利益を上げているでしょう?」
港に近く運河の多いこの街は、仲卸業で栄えた。
国中から集めた品を他国船の業者相手に売ることで豊かになった。
皇太子が生まれてからは隣国との関係も良好になり、より一層貿易が盛んとなり街は活気づいたのだ。
「それをよく思わないものがいるのです。民間人の自由貿易では、利益を得られないものがいるでしょう?」
この男は、王が自由貿易を規制し貿易を独占すると言っているのだ。
「そんなことすればこの街のもの以外にも反対する者は多いだろう。」
「かまいませんよ。多額の税金をかけて絞れるだけ搾り取って、店が回らなくなったところで買い取ればいい。」
搾取する側は残酷だ。民に対し残酷だからこそ繁栄するのだろう。
「なぜ私にそんな話をした。」
「私は民が悲しむことを望んでいないのです。かつて東の国では、愚かな王に民衆が抵抗し新たな国を築いたそうです。だからこそ今なお東の国は広い領土を誇り繁栄している。」
王国に反乱を起こすというのか。私にその片棒を担がせる気か。
「また明日、ご挨拶に伺います。よいお返事を期待しています。」