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狡猾なる勇者  作者: H2O
第六章
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1 ハイヒール

挿絵(By みてみん)

「ナターシャ!これなんかどうだい?」


大きなクローゼットにかけられた煌びやかなドレスをアリスは楽しそうに選んでゆく。


「ねぇ、ほんとにあたしが着るのかい?」


ためらうあたしを気にもせずにアリスは「そうだとも!」と笑いかける。


「ナターシャならばサイズも問題ないだろう。」


アリスが吟味しているのは、辺境伯の屋敷に残されたジャネット嬢のドレスだ。

あたしとジャネット嬢は体格が似ていたから、確かにサイズの問題はないのだけれど。


「だけどあたしはメイドだよ?こんな素敵なドレス着たことない。あたしじゃ似合わないんじゃないかい?」



「心配することはない!この私がナターシャに似合うのを選んでやるからな!」


アリスは楽しそうに笑う。

意図的なのか天然なのかわからないけれど、アリスは都合の悪い他人の気持ちを察しない。

これではあたしがいくら言っても聞かないだろう。

でもあたしは文句を言う。


「そんなに洋服がすきなら、あんたがやったほうが良かったんじゃない?」


アリスは普段シャツにショートパンツといった少年のような格好をしている。

けれどもこのはしゃぎようを見るに洋服は好きなんだろう。ならばこの機会にドレスを着たいのではないのか。


「船の操縦はドレスじゃできないだろう。エマやオリヴィアはいざとなった時にドレスじゃ戦いづらい。あの2人の身長ではサイズも合わないしな。ナターシャが適任というわけさ。」



そう言われると引き下がるしかない。


「ほら、この色なんてどうだ?ナターシャのヘーゼルの瞳とぴったりじゃないか!」


アリスはあたしを鏡の前に立たせて、黄色のドレスをあててみせる。


「君によく似合っている。それに隣に並ぶルーカスの髪色とも合う。」


このドレスを着てルーカスの隣に並ぶ自分を想像して、おかしくて笑ってしまう。


「あたしがルーカスにエスコートされてパーティーに出るなんて、きっとこれが最初で最後だよ。」


「なら思い切り楽しむのがいいさ。」  


自虐的に笑うあたしの肩をアリスは励ますように叩いた。



「さぁ、きてみせてくれ!」とアリスに詰め寄られてあたしは黄色のドレスを着た。

ドレスを着るというのは本当に大変だ。

いつものメイド服よりもコルセットがさらにきついし、スカートを膨らませるクリノリンが動きづらい。

けれども普段のあたしとは縁遠い、輝くようなドレスに袖を通すのは胸が高鳴った。


「靴はこれがいいね。」


アリスが差し出したのは、ハイヒールだ。

掃除や洗濯をするのに踵の高い靴は歩きづらくてはいたことがなかった。

ましてやこんなにも煌びやかで美しく見せるための靴など、一生履くことはないと思っていた。


スツールに腰掛け、恐る恐るハイヒールを履いてみる。

華やかなその靴は少しだけ窮屈だ。




コンコンコンと扉がノックされる。


「ナターシャ、準備できたか?」


呼びにきたルーカスをアリスが「入りたまえ。ナターシャが美しくなったぞ!」と招き入れた。


ルーカスはあたしをみて微笑んだ。


「よく似合ってるよ、ナターシャ。」


王族らしく洗礼された仕草にあたしは照れて、そして腹が立った。

 

「生意気だよ、坊ちゃん。」


「本当にそう思ってるって。」と褒めるのが余計に腹立つ。



ルーカスはいつの間にかエスコートの仕方を仕込まれたようで、ごく自然に手を差し出す。

それをあたしは無視する。


「あたしはか弱いお姫様じゃないんだから助けはいらないよ。」


あたしはお姫様にはなれない。あたしには手を差し伸べる王子様なんか現れないし、そんな奴に来てほしいとも思わない。頼らずに生きていくのがあたしの人生なんだ。




だけどもスツールから立ち上がったあたしはよろけてしまった。


「その靴じゃ歩きにくいだろ。捕まってろ。」


ルーカスがあたしの手を取った。



御伽話に出てくるお姫様のための王子様は、"か弱い女"だから手を差し伸べる。

ルーカスはそんなのとは違って、あたしを姉として慕っているから手を差し伸べる。

手を取るなら、この手がいい。

それが許されるのは、今日だけだ。



「では向かおうか。飛行機に来てくれ。」


アリスに続いて、あたしたちも部屋を出る。


「階段気をつけろよ。」というルーカスに今度は素直に捕まった。  


背伸びする弟の優しさを今日は受け入れてやろう。



最初で最後。

あたしがお姫様のふりをする夜だ。


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