8 皇太子
王宮は陽の光を浴びて輝いており、王族の権力を象徴するに相応しい美しさであった。
私は門番に声をかける。
「私は王国軍第7隊隊長だ。皇太子殿下に面会を申し入れたいのだが。」
若い門番は「面会の約束があるとは伺っておりませんが。」と断る。
「約束はしとらん。至急報告せねばならんことがあるのだ。」
門番は私を中へ通した。
使用人が私を出迎え、皇太子の元まで案内を申し出た。
王宮は内部に至るまで贅沢な装飾が施されている。
美しくもどこか息苦しさを感じさせるのは、王宮の全てが王家を讃えているからだろうか。
皇太子は直前まで別の誰かと面会していたようで応接室にいた。
使用人が重い扉をノックし、「王国軍第7隊隊長がお目見えです。」と告げると、「かまわん。通せ。」と高い声が返事をした。
幼き皇太子、リオン殿下は王座から青い目で私を見下ろした。
「わざわざ御足労だったな。貴殿が約束もなくここを訪れたということは、至急報告しなければならぬことがあるのだな。」
声変わり前の高い声に似合わぬ大人ぶった口調に不気味さを感じる。
齢10歳という年齢にもかかわらず国政のほとんどを任されている皇太子は、大人が子供の皮を被っているような人であった。
「私がお伝えしたかったことは、辺境伯とその娘、婚約者が殺害されたということです。犯人は辺境伯の乳母で、通報を受けた我が軍の兵士が身柄を拘束しました。」
「ご苦労。」
皇太子の青い目が冷たく光る。
「だが、それはわざわざここに来てまで報告しなければならぬことか?」
「お伝えしたいのはそれだけではありません。
調査の結果、殺された辺境伯は敵国と密輸を行なっていたことがわかりました。」
皇太子は少しの動揺も見せずに頷く。
彼は辺境伯の密輸をすでに知っていた。
「辺境伯領の島で事件が発生した当時、島にはルーカス殿一行が訪れていたようです。」
「無論、知っている。
兄上に辺境伯領を訪れるように命じたのは私だ。」
「やはりそうでしたか。」
皇太子の兄であるルーカスが、皇太子の命で動いているというのは事実らしい。
「貴殿が私に会いに来たのは、それを確認するためか。」
「殿下はなぜルーカス殿に辺境伯領を訪れるよう命じられたのですか?」
「辺境伯が密輸を行なっていると聞きつけたからな。兄上に調査を任せたのだ。」
「それならばなぜ私共に任せていただけなかったのでしょうか。辺境伯領の警護は私たち第7隊の管轄です。私たちに任せていただければ密輸の証拠をきちんと押さえ、辺境伯を逮捕することができたはずです。
辺境伯をわざわざ暗殺させる必要はないかと…。」
そこまで言ったところで皇太子が笑みを深くする。
「貴殿は私が兄上に辺境伯を暗殺させたと言いたいのか?」
失言だ。
冷や汗が背を伝う。
「貴殿は先ほど、事件を起こしたのは辺境伯の乳母だと報告した。それは虚偽の報告であったのか?」
「いえ、決してそのようなことは。」
「であれば、何故辺境伯殺害に兄上が関与していたと考えたのだ?まさか、兄上が事件の場にいたというだけではあるまいな。」
言葉を失う私に、「発言には気をつけろ。冤罪事件を増やされては困る。」と皇太子はくつくつ笑う。
「兄上に辺境伯領を訪れるよう命じなければならなかったのは、貴殿の働きが悪かったからであろう?」
冷たい笑みに、私は息を呑んだ。
「貴殿は自分たちに任せてもらえたなら密輸の証拠を押さえて辺境伯を逮捕できた、と言ったが、貴殿は私がわざわざ命じなければできないのか?」
辺境伯の密輸を許したのは、我が第7隊の失態だ。
私は膝をついた。
「申し訳ございません。」
皇太子は私の謝罪など気にも留めずに命じる。
「今後、あの島は第7隊の管轄から外す。よってあの島に立ち入ることも禁ずる。」
「しかし…辺境伯の残した署名に基づき、辺境伯領は皇太子殿下の領地になったのでは?」
「私の領土を任せる者は私が決める。」
我が隊には自分の領地を任せられないということか。
「あの島は兄上に任せる。」
「ルーカス殿に?なぜ?」
「何を驚くことがある。我が国と敵国の間に浮かぶ島なのだ。敵国へ神の地の奪還に向かう兄上には必要な場所であろう。」
「殿下は本気でルーカス殿に神の地を奪還させるつもりなのですか?」
私は思わず問いかけていた。
神の地の奪還は、太陽の女神の洗礼を受ける教団に従う国々が何百年もの間挑んできた。
しかしその一度も成功していない。
勝算のある戦ではないのだ。
ましてや、最近まで屋敷に幽閉されており、戦地に出たこともないルーカスが敵国とまともに戦えるとは思えない。
だから皇太子が影でルーカスに暗殺をさせていると考えていた。
もしくはルーカスを殺させ王位を脅かすものを消し去ろうとしているのだと。
そこで私は気づいた。
暗殺の成功によりルーカスが能力があることが証明されたからこそ、皇太子はルーカスを敵地に送り亡き者にしようとしているのではないかと。
皇太子は「今日の貴殿は失言が多いな。」と微笑む。
「私は民に神の地の奪還を約束したのだ。私が民に嘘をついたとでも?」
私にそれ以上の発言は許されなかった。
皇太子は私に「下がれ。」と命じ、私は部屋を後にした。




