7 帰還
「レニー、お前も掃除を手伝ってくれ。」
エマは俺にほうきを手渡す。
「ナターシャが戻ってくるのに、船が掃除されてなかったら叱られるだろう?」
「そりゃ違いねぇや。」
甲板の掃除はエマに任せて、俺は各部屋の掃除に向かった。
操縦室前の廊下へ進むと、ノアの話す声が聞こえた。
島にいるルーカスと連絡をとっているのだろうか。
「邪魔したら怒られるな。」
俺は廊下を掃除しながら待つことにした。
船の壁は薄く、廊下にいてもノアの言葉は聞き取れてしまう。
「島で殺されたのは辺境伯とその娘、娘の婚約者、それにナターシャとユーシェンだね。」
その言葉を聞いて、俺は部屋に飛び込んだ。
「ナターシャとユーシェンが殺されたのか?」
ノアが盗み聞きを咎めるのも、俺の耳には入らなかった。
俺たちを乗せた船は、煙を吐きながら雲の間を進んでゆく。
俺は放心した状態で近づいてくる島を眺めていた。
屋敷にいたころから一緒に過ごしてきたナターシャ。
忘れられない出会いをしたユーシェン。
もうナターシャに叱られることも、ユーシェンの背中に捕まって馬に乗ることもないのだろうか。
「いつまで腑抜けた顔をしている。」
エマに背中を叩かれる。
「上陸するぞ。捕まりたまえ。」と操縦室のアリスが通信管を通して伝えてきた。
軽い浮遊感の後、船は島に着陸した。
紫色の花が咲く孤島は、人気がなく寂しさを感じさせた。
奥の屋敷から、見慣れた背の高い人影と燃える巻き毛、その後ろに赤毛の少年が見えた。
「おーい!」
俺はルーカスたちに向かって大きく手を振った。
気づいたルーカスとオリヴィア、アイリスがこちらに歩いてくる。
3人の後ろに、別の人影がふたつ。
豊かな三つ編みを揺らして、呆れたような目を投げかける。
「なんだい、幽霊でもみたような顔して。」
聞き慣れた声に俺は腰を抜かした。
「ナターシャ?」
ふんと鼻を鳴らすナターシャの後ろから、猫に似た笑顔が現れる。
「レニー、立てるかい?」
「ユーシェン!」
俺に飛びつかれたユーシェンはそのまま倒れ込んだ。
「へへへへっ!我に会えなくてそんなに寂しかった?」
「だって俺、お前たちが死んだと思って…!」
ユーシェンは聞き分けのない子どもをあやすみたいに俺の頭をくしゃくしゃにしながら笑う。
「判別のできない状態の死体が出た時には、偽装を疑うべきだね。」
「どういうことだよ?」
「実際に殺されたのは3人。
最初の晩に辺境伯の娘さんのジャネット。海岸で見つかった腕は彼女のもの。それにナターシャのハンカチをつけただけ。
ジャネット嬢の胴体は薔薇園に埋められていた。
次の晩に婚約者のエイメン。首は海に捨てて、残りは燃やした。燃やされた体の近くに我の持ち物を近くに置いておいた。
最後に辺境伯が殺されたのさ。」
「死体の始末には骨が折れたわ。」とオリヴィアがこぼす。
「ナターシャとユーシェンはどこに隠れてたんだ?」
これにはオリヴィアが答えた。
「2日前の早朝、アイリスに小型飛行機までナターシャを案内させたの。その後海岸で腕が見つかって、ひと通り調査が済んだら私の部屋にナターシャを隠したわ。女の部屋には辺境伯でも入れないでしょうから。」
「我は野宿が得意だからその辺に隠れてたよ!」
「勝手に死んだことにされるなんて信じらんない!次にやったらただじゃ済まないよ!」
ナターシャに背中をばしばしと叩かれ、ルーカスは「悪かったって。」と情けない声を上げる。
「じゃあ、ナターシャもユーシェンも元気なんだな。」
俺が聞くとナターシャはきっと睨んだ。
「元気なもんか!小型飛行機の中に縮こまって隠れてる時は息がつまるかと思ったし、オリヴィアの部屋でも見つからないように引きこもってたんだよ!あちこち体がいたいね!」
「元気そうじゃねえか。」
思わず笑うとぱしりとはたかれた。
「へへへへっ!今思えば成功したのが不思議なくらい間抜けな作戦だよ!辺境伯が通報してきちんとした調査がされてたら失敗してたね!」
けらけらと笑うゆーシェンに、後ろにいたノアが「悪かったね、間抜けな作戦で。」とへそを曲げる。
「暗殺対象は密輸をしてた辺境伯と婚約者の2人だけなのにずいぶん手間をかけたな?」
「ネリーをうまく扱えなかったようね、天使様?」
エマとオリヴィアに揶揄われてノアは「あの乳母が暴走しなきゃこんなことしてない。僕はうまくやった方だ。」とますます拗ねる。
それをルーカスが「偽装をしようと言い出したのは俺なんだ。」となだめる。
なんだか日常が戻ってきたようで、俺はひどく安心した。
「レニー?」
俺を覗き込むユーシェンに、俺は笑って言いたかった言葉をかける。
「おかえり。」
ユーシェンはニィッと笑った。
「ただいま!」




