6 無償の愛
「旦那様、お嬢様のお顔をご覧になりますか?」
ネリーは表情のない顔で問う。
震えながら私が頷くと、ネリーは地面を掘り出す。
やがて土のなかから、豊かな黒髪が現れた。
「お嬢様がここにおられるからこの薔薇は美しく咲き誇っているのです。」
薔薇の下には、変わり果てた娘が埋まっていた。
孤島の殺人鬼は、長年私に仕えていた真面目な乳母だった。
「ネリー…!なぜこんなことを…!お前は私たちを恨んでいたのか?」
ネリーは首を振る。
「私が恨んでいたのは、あの異教徒の若者だけでございます。」
「エイメンか。」
「あの者が異教徒だからではございません。あの者がお嬢様に相応しくないからでございます。あの下劣な若者は自身の利益と欲のためにお嬢様に近づいたのです。
ですから私はあの者を殺したいほどに憎んでおりました。」
エイメンとジャネットの婚約は、私たちのどちらにとっても利益のある婚姻ではあった。
しかし私は誠実なエイメンならばジャネットを任せられるとも思っていたのだ。
ジャネットだって、エイメンを気に入っていたではないか。
「この孤島には紫色の美しい花が咲きます。
花言葉は『復讐』。
花の持つ強い毒に由来します。
私は昨日の夜、彼の部屋の水差しの底に、毒の花を仕込みました。」
ネリーは、ジャネットの意思とは関係なく自分が認めない相手だからエイメンを殺したのだ。
ジャネットのためといいながらなんと傲慢なことであろうか。
「ルーカスが連れてきた使用人に恨みはなかっただろう。」
「必要がなければ殺しません。」
口封じのために殺したのだろう。
「なら…ならどうしてジャネットを殺した!」
怒りに震える声で私は叫ぶ。
「ネリー、お前はジャネットが生まれた時から面倒を見ていたじゃないか!なぜ、なぜ殺した!人形のような顔のその裏でずっと娘に憎しみを向けていたのか!」
ネリーは少しの動揺も見せない。
「とんでもございません。私はお嬢様を愛しております。」
「ならなぜ殺した!」
こんなにも無惨な姿にするなど、愛しているのになぜできるのか。
「お嬢様は神に愛されるべき存在です。
神の元へ行かれるのがお嬢様に相応しい運命。
私はそのお手伝いをしたまでです。」
「ジャネットのためだというのか?」
「神の元へ旅立たれるお嬢様に、肉体は不要になったのです。」
ネリーは陶酔した瞳で話す。
「私は悪い男に騙されているお嬢様を救うために何ができるか悩んでおりました。
そうしたら天使様がお告げをくださったのです。
あの晩、電話機をとると若い男の子の声が『きみはネリーだね。』と語りかけてきました。
私はすぐにそれが天使様だと気づきました。
私は天使様に、人間にとってのいちばんの幸福はなにか、と尋ねました。
天使様は、『それは魂が神のもとへとゆくことだ。』とおっしゃいました。
私がお嬢様を幸せにするためにできることは、お嬢様を神のもとへ送ることだと悟りました。
ですから、私はお嬢様のためにご用意したお飲み物に毒の花を添えました。」
「何を馬鹿なことを。天使のお告げなどあるものか!」
「天使様はおられます。
お嬢様をここへお連れするよう私に教えたのも天使様です。」
ひどく喉がかわく。
「すべてはジャネットお嬢様のため。
お嬢様の魂は天使様により神の元へと導かれ、
肉体は美しい花となるのです。」
気が遠く感覚に、足元がふらつく。
「旦那様、ご気分が悪いようです。お水をお持ちします。」
「お前の用意するものなど口にできるか!」
私は胸ポケットのブランデーの瓶に手を伸ばす。
「旦那様、そちらはお飲みになってはなりません。」
ネリーの静止を無視して中身を煽る。
途端に息ができなくなった。
「飲んではいけないと申し上げましたのに。」




