5 取引
ルーカスは薄寒い笑みを浮かべる。
「私はジャネット嬢の居場所を知っています。」
「なんだと!貴様、娘をどこへやった!」
私はルーカスの胸ぐらを掴んで問い詰めてやる。
彼は「落ち着いてください、辺境伯。」とヘラヘラする。
「これが落ち着いていられるものか!これまでの殺人はみな貴様の仕業なのだろう!」
「違います、私は殺していません。」
襟元を掴んで持ち上げてやるとルーカスは情けない声で否定する。
「私はただジャネット嬢がどこにおられるか知っているに過ぎません。」
「お前のいうことなど信じられるか!この人殺しが!」
私はルーカスの柱におしつけてやる。
頭を打ったルーカスはうめきながら、「ジャネット様に会いたくはないのですか?」と問う。
「今すぐに娘を返せ!」
「私にできるのはあなたをジャネット嬢のところへご案内することだけです。」
「なら連れて行け!」
「ええ、もちろん。」
ルーカスはニヤリとする。
「ただその前に、辺境伯には私の頼みを聞いていただきたい。」
「何をふざけたことを!」
「そう興奮なさらないで。お手間は取らせませんから。」
ルーカスは羊皮紙を持ち出す。
「ここにサインをしていただきたいだけなのです。」
私はルーカスから羊皮紙を乱暴に奪い取る。
羊皮紙は契約書であった。
私の領地であるこの島の統治権を放棄し、皇太子に譲り渡す契約書だ。
「貴様!娘を人質に領地を取り上げるのか!」
あまりにも汚いやり方に頭にきた私は再びルーカスを突き飛ばす。
彼の身体は飾り棚にぶつかり、陶器の皿が床へ落下して割れる。
しかし彼は痛みにうめきながらも口角を吊り上げる。
「娘さんに早く会いたいでしょう?どうなさいますか?」
一刻も早く娘を助け出さなければ間に合わなくなるかも知れない。
私は陶器の破片を彼に振り翳した。
「地獄に堕ちろ!」
破片がルーカスの頬を切り付け、赤い血が流れる。
血のついた破片で契約書にサインを書きつけてやった。
「さすがは辺境伯。よい判断をなさる。」
ルーカスは満足げに笑った。
「さっさと娘のところへ案内しろ。」
「ええ、こちらの方が案内してくれます。」
ルーカスは呼び鈴をならす。
「お呼びでしょうか。」
呼び鈴に応えてやってきたのは、見慣れた女だった。
「ネリー、なぜお前が。」
ネリーは人形のような表情のまま、「旦那様、お嬢様のもとへご案内いたします。」と告げた。
私はネリーにみちびかれ、薔薇園に来た。
薔薇園の奥へと進みながらネリーは抑揚のない声で話す。
「2日前の晩、お嬢様は就寝なさる前、私に飲み物を部屋へ持ってくるよう命じられました。私はすぐにご用意し、部屋までお待ちいたしました。」
ネリーの話はもうすでに聞いたものと変わらない。
ネリーが飲み物を届けたときには娘は部屋にいた。
翌朝娘は姿を消した。
ネリーが娘を最後に見たものなのだ。
「ネリー、娘の居場所を知っているならなぜ今まで黙っていたんだ。」
「お嬢様のためにならないと判断したからです。」
薔薇園の中心、ひときは赤く咲く薔薇の木のまえでネリーは立ち止まる。
「娘はどこにいる。」
「こちらです。」
あたりを見渡すが、薔薇園には我々以外の姿は見えない。
「いないじゃないか!」
「いいえ、お嬢様はここにおられます。」
ネリーは地面を指差す。
「お嬢様はここで眠っておられます。」




