2 疑惑の客人
姿を消していたナターシャというメイドは、波打ち際に両腕だけとなって帰ってきた。
彼女の主人であるルーカスは、魂が抜けたようになってしまった。
彼の護衛のオリヴィアが彼を屋敷のソファで休ませている。
「辺境伯、少し2人でお話しできないでしょうか。」
ルーカスたちに隠れて囁やくエイメンを私は応接室へ通した。
エイメンは深刻な面持ちで言う。
「辺境伯、僕はルーカス殿が信用なりません。」
「なぜそう思うんだ?」
「僕はあの者が自身のメイドを殺し、僕たちがそれに気を取られている間にジャネット様を攫って島を去るつもりなのではないかと思うのです。」
娘の婚約者であるエイメンは、姿を消した娘を心配するあまり本国からの客人に対して不信感を募らせているようだった。
「エイメン、ジャネットが姿を消したのは昨日の夜だぞ。もし殺人事件の裏で誘拐するのなら、娘を攫うのは殺人事件が発覚した後でなければならないだろう。」
エイメンは私の意見にうまく反乱はできないものの、納得がいかないようだ。
「この島は本国から遠く離れた海の上なのですよ。犯人は島の中にいると考えるのが自然でしょう。」
「ルーカス殿は相当あのメイドを気に入っていた。殺すとは思えん。」
ナターシャはルーカスの世話係だったという。
私が見かけた2人は使用人と主人というより、姉と弟のように親しげに話していた。
「演技をしていたのでしょう。」
エイメンは苦しい説明をする。
「それに娘を誘拐する理由がルーカスにはないだろう。」
「何をおっしゃいますか。あの者は敵国から神の地の奪還を目指す勇者を名乗っているんですよ。敵国と同じく月の女神からの洗礼を受けた僕や、僕と結婚するジャネット様を敵とみなしていてもおかしくないでしょう?」
ルーカスは皇太子より派遣された勇者である。
敵国への遠征の途中、本国と敵国の間の海に浮かぶこの孤島に立ち寄ったのだ。
ルーカスはメイドのナターシャ、護衛のオリヴィア、さらに商人のユーシェンを連れて、アイリスが操縦する小型飛行機でやってきた。
私は彼らを歓迎し、昨日からこの屋敷に招き入れている。
太陽の女神の宗派である本国へ神の地を帰還させることを目指すルーカスを、エイメンが恐れるのも無理はない。
エイメンは敵国出身ではないものの、敵国と同じ月の女神の宗派である。
言葉を選ばなければ異教徒だ。
「エイメン、お前が警戒する気持ちもわかるさ。」
私はルーカスへの疑惑を深くするエイメンを宥める。
「しかしルーカス殿はあくまで敵国と戦っているのであって、月の女神の洗礼を受けた者全員の敵でいるわけではないだろう。」
「けれども、ルーカス殿を遠征に出したのは皇太子殿下なのでしょう?皇太子殿下が僕と辺境伯が貿易の手を広めようとしていることを知って、我々を阻止しようとしてるとも考えられます。」
エイメンは貿易会社の跡取りである。
私がエイメンとジャネットの婚約を薦めようとしたのは、我が領地と敵国との密輸を行おうとしたからだ。
我が国は現在敵国との貿易を禁止している。
しかし敵国は質の良い香辛料やシルクなどを売っている。
それを国内へ持ち込めば利益が出るのは間違いない。
敵国と宗派を同じくするエイメンと協力すれば、敵国に警戒されることなく我が領地との貿易を勧められると考えたのだ。
現に私たちはすでに敵国のいくつかの商社と密輸を初めている。
「皇太子殿下は10歳の子供なのだよ。この孤島で行われている密輸に気付けるほど有能だとは思えん。」
皇太子を甘く見ている私とエイメンは違う意見を持っていた。
「しかし本国では伯爵一族やかつての第一王子と関係の深い者がみな死んでおります。」
「皇太子の陰謀だというのか?伯爵一族は病死、第一王子派は反乱者による自爆テロに巻き込まれたという話ではないか。確証のないことをいうのはやめたまえ。」
「皇太子が関係していないという確証もありませんよ。」
「ないものは証明できないさ。
それにそういった目的なら、わざわざ娘やメイドまで手にかけなくとも私を殺せばいいだけではないか。」
納得しないエイメンとここで話し続けてもらちが明かない。
「お前がそこまでいうのなら、彼らに昨夜何をしていたか聞いてみるしかないだろう。」




