1 孤島の殺人
よく晴れた穏やかな朝だ。
時計は7時半を指していた。
普段ならば、支度を終えた娘が私に朝の挨拶をしている時間だ。
「ネリー、ジャネットはどこだ?」
娘の乳母は、「お嬢様は眠っておられます。」と答えた。
「そろそろ朝食の時間だろう。お客様を待たせてはいけない。」
朝食の支度の手を止める乳母に「続けてくれ。私が起こしてくる。」と伝えて娘の部屋に向かった。
娘の部屋は静かだった。
「ジャネット、私だ。」
ノックをし呼びかけても、返事はない。
「ジャネット、起きてくれ。」
再度声をかけるが、部屋からは物音ひとつ聞こえない。
嫌な予感がする。
「ジャネット、開けるぞ。」
「おはようございます、お父様。」という娘の笑顔はなかった。
娘の部屋は、もぬけのからになっていた。
「ジャネットがどこに行ったか知っているものはいるか。」
私は食堂に屋敷に招いた客人たちを集めて問うた。
客人たちは皆一様に首を振る。
「お前はどうだ、エイメン。」
娘の婚約者は情けない顔を向けた。
「申し訳ございません、辺境伯。僕も彼女がどこに行ったのか知らないのです。」
「あら、ほんとうに知らないのかしら?」
オリヴィア嬢は挑発的にエイメンに詰め寄る。
「ジャネット嬢は夜の間にいなくなったのよ?
そうでしょ、ネリー。」
娘を最後に見たのは乳母であるネリーだ。
「私は昨晩、お嬢様の部屋にお飲み物をお届けしました。」
「ジャネット嬢は昨夜ネリーが飲み物を届けた時には部屋にいた。その後あなたと屋敷を抜け出したんではなくって?」
オリヴィアの言葉にエイメンは顔を赤くする。
「そんなことはしておりません!ルーカス殿、貴殿の使用人はなんと恥知らずなんだ!」
エイメンはオリヴィアの雇い主であるルーカスを責めるが、当の本人は上の空だ。
「ルーカス殿、聞いておられるのですか!」
「申し訳ございません、エイメン殿。少々考え事をしていたもので。」
「ジャネット様が行方不明だというのに考え事とはなんということでしょう!」
声を荒げるエイメンにルーカスは頭を下げながら、
「うちのメイドのナターシャも姿を消していたので、彼女のことを考えておりました。」と言う。
「今はジャネット様のことを心配すべきときだろう!」
「私とてジャネット嬢のことが心配です。しかし私にとって長年支えてくれているナターシャは姉のような存在なのです。私がナターシャの身を案じるのもご理解していただけないでしょうか。」
エイメンは「失礼、少々興奮しすぎた。」と引き下がった。
「メイドもジャネット嬢も夜のうちに姿を消したのなら、まだ島の中にいると我は思うよ。」
旅商人のユーシェンはそう推測する。
「昨日は風の強い日だっただろう。船は出せなかったはずでしょう?」
昨晩はひどく風が吹き荒れていた。
我が辺境伯家が所有するこの地は、本国から離れた海に浮かぶ孤島である。
娘が屋敷から出たとしても、この孤島からの脱出は不可能ということだ。
ルーカスは席を立つ。
「私はお嬢様とうちのナターシャを探して参ります。」
客人であるルーカスは島の地理には詳しくない。領主たる私は同行を申し出た。
私とルーカスは屋敷の裏の沿岸部を探すことにした。
海岸に夜風にあたりに来た娘が、高波に攫われた可能性を考えたからだ。
海鳥の声が響く。
見ると、波打ち際の岩場に、普段にはないほど海鳥たちが集まっている。
どうにも嫌な予感がした。
一足早く駆け寄ったルーカスは叫び声を上げる。
「ルーカス殿、どうしたんだ!」
腰を抜かして怯えるルーカスが海鳥たちの中心を指差す。
海鳥たちは腐敗臭のする何かの死骸に群がっていた。
動物であろうか?
違う、これは。
人の腕だ。
打ち上げられてた、海水にふやけた2本の腕。
手首に青いハンカチが結び付けられている。
紋章が刺繍されたそのハンカチは、持ち主が王族の使用人であることを示す。
「これは…ナターシャの…!」
ルーカスはそれ以上言葉にすることができなかった。
ナターシャという名のメイドが、この島に現れた殺人鬼の最初の犠牲者であった。




